脂肪筋

「椅子座り立ち運動」ができなくなったら注意 「サルコペニア」の危険性

「脂肪筋」が増えると運動機能が低下し、特に男性では年齢が高くなると「脂肪筋」が増え、「サルコペニア」の危険性が高まる。その目安となるのは「椅子座り立ち」運動の衰え。

筋肉に脂肪が霜降り状に蓄積する「脂肪筋」は加齢とともに増加し、糖代謝や運動機能に悪影響を及ぼすことは想像が付きますが、その具体的な因子について名古屋大学で研究された結果が紹介されていました(名古屋大学総合保健体育科学センター 秋間広ら、Archives of Gerontology and Geriatrics)。詳しいところは記事を読んでみてください。脂肪筋と関連深い因子は、高齢男子であれば筋量(筋厚)、筋力(運動能力)、年齢で、高齢女性であれば筋量と筋力だそうです。だから、「男性では、(1)太ももの筋肉の厚さ、(2)椅子座り立ち測定、(3)年齢が、女性では、(1)太ももの筋肉の厚さ、(2)椅子座り立ち測定が、『脂肪筋』を予測できる関係因子である」そうです。定期的な運動が筋肉量と運動機能の低下を軽減させ、同時に「脂肪筋」の蓄積を抑制するわけですから、いかに筋量と筋力を保つために運動を継続するモチベーションを持たせるか、予防に従事する指導者の力量が問われることになります。

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汗と神通力

今年のダイエットトライアルはあまり成功したとは云えなそうです。冬場の3ヶ月間トライアルも今回で3回目。勝手に命名したまめ太郎というライフコーダーさえ身につければ簡単に5キロや10キロはやせられる、と豪語していたのですが・・・。今年はその神通力も全く効かず、2キロやせられるかどうかの瀬戸際です。もっとも、それなりに締まったカラダになった体感はあるし、これはこれでいいのかしらとも思います。

ただ、明らかに代謝が落ちている実感があります。なぜなら、急に汗をかかなくなったから。子どもの頃から大汗かきで、冬でもすぐにカラダ中から滝のような汗をかく人間でした。それが、ほとんどかかない。毎日ハンカチがびしょびしょになるからタオルを持ち歩いていたわたしだったのに。それに気づいてちょっと愕然としています。そういえば水を飲まなくなりました。喉が乾かなくなったというか、飲まなくても全然平気。水分の出ていき方が急に減ったのだと思います。何しろこんなこと、生まれて初めての経験だからどうしたらいいのかわかりません。意図的に無理やり水分を摂ったら、勝手に汗が出てきて、代謝が上がって、みるみるやせていくのでしょうか。

来月は職員健診ですが・・・体重云々より、腎機能とか意外な項目が異常になってたりしないかと妙に心配です。

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寺と写真

先日の長崎旅行。何度も行ったことのある街だけれど、いつもは車や貸切バスだったから、あれだけゆっくりさるいた(歩いた)のは初めてでした。車ではない分だけ日ごろ行かないところを選択し、電車で郊外の終点まで行った後、崇福寺から諏訪神社まで、朝8時半からお昼までかけて順番に寺周り。崇福寺と亀山社中と諏訪神社が一番階段が多くて大変でしたし、親鸞聖人の像がじっとこちらを見つめる大光寺には一瞬固まりましたが、とても充実した半日でした。

で、せっかくだからと大量の写真を撮ったわたし。独りでスマホを構えながら、不安感に苛まれました。最近は、どこでも誰でもスマホで写真を撮るのが当たり前です。誰に断ることもなくあちこち勝手に撮りまくってSNSにアップする。だからとりあえず昔の写真機とは比べ物にならないくらい大量に撮る。でも、「いいのかな」と不安になります。仏像やら拝殿やら普通に構えてパチパチと…これは礼儀知らずな『無作法』ではないのか? そんなことしたら、ご利益がなくなるのではないか? これでは、マナー知らずの某外国人観光客の見るに耐えない振る舞いと何ら変わらないのではないか、と。

そんな思いがして、ひとりでこっそりと「撮らせていただきます」「すみません。お邪魔します」とお断りのひとりごとを云って回ったこと、きっと誰も知りますまい。それでも、さすがに親鸞聖人の前ではスマホを構えることすらできず、下から笠の下の顔を拝んでじっと合掌するのがやっとでした。

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高血圧の管理

80歳以降の高血圧は認知機能を保護する可能性

CareNetから配信されてきた記事は米カリフォルニア大学アーバイン校で研究されたもので、「Alzheimer's & Dementia」オンライン版に掲載されたものだそう。「the lower, the better(低くコントロールできるほど良い)」が常識になっている高血圧治療の目標設定で、「中年期の高血圧は晩年の認知症リスクや、心臓発作・脳卒中のリスクを高めるが、80代または90代で発症すると90代での認知機能低下リスクが低減することが判明した」というものです。つまり、私のように中年期から血圧が高い連中はきっちりと降圧に努めないと危ないけれど、ずっと低かった血圧が80代になってから高くなった場合は、むしろ認知症にならないように作動した生体の防御機構だということを物語っています。

これは面白い機能です。もともと80才以上の超高齢で元気に生きることを想定されていない(かどうかはわからないが、少なくともむかしは存在しなかった)から若い世代から連続的かつ一元的に考えていたけれど、本当は高齢まで生き延びたところで発現し始める機序がもともと隠されていた可能性がある。あるいは、寿命が伸び始めたために生体がサバイバルのために新しい生体防御機能を作り出し始めた。そんなこと、あるかもしれませんよね。

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一合

そろそろ悟りの世界に一歩足を進めますか。

先日書いた広報誌のコラムを読んでくれた受診者さんが、「先生がたばこを止めた話を読みました。で、お酒はどうなんだろう?と思いました」と聞いてきたので、「休肝日は作りません」と云い切ったわたしなのですが、たばこがそうであったように、どうもカラダが酒を拒み始めている気がしています。

カラダに良いとか悪いとか、がんになるとかならないとか、脳が委縮するとかしないとか、そんなことを考える気はないのですが、カラダ自身から酒を求めなくなってきているのは確か。昨年の秋から風邪をこじらせていた頃に「あまり飲みたくない」と感じ始めたのは、単なる体調不良が原因ではなかった感じです。少なくとも、晩酌は日本酒なら1合、ビールなら1缶、焼酎ならお湯割り1杯くらいで止めておいたときが一番カラダが楽なことをカラダがわたしに訴えてくるようになってしまっているのです。理屈ではなくて、自分のカラダから求めて来るのなら、そろそろ従ってあげるのが良いのではないかと思うのでございます。

とか、公言してしまうと何かとやり辛いので、こっそりここでのつぶやきに終わらせておきますので、他言無用です。とか書きながら、昨夜も一昨日もちと多めに飲みすぎてきつい日中を過ごした戯け者でございます。「恋人」とはちょっと違う。「戦友」はカッコつけ過ぎ。「腐れ縁の友人」とでも云いましょうか・・・完全に決別するわけでもないのに・・・まだまだ名残惜しんで決断を渋っておるところでございます。

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「いたちのたぬき」

先日、いつもよりちょっと遅れ気味の通勤中にナビから聞こえてきた歌。朝のEテレの番組「ピタゴラスイッチ」の中で歌われた『いたちのたぬき』という歌。

  いたちのたぬき
  かにのかとり
  さんまのまぬけ
  おはしのおはなし
  たまごとるタマ
  ふろくふとる
  バナナのバトル
  はちまきまきとる
  きゅうりのリトル
  ジュースのストロー

いま、これを書くために検索したら、かなり有名な曲なんですね。知らなかった(たぶん、この歌が出る時刻より前にいつもは職場に辿り着いているのでしょう)。オチを聞きながら、「なるほどなぁ」と感動したわけですが・・・これって、オトナは「おもしろい」と思うのだけれど、番組対象年齢の子どもたちにわかるんだろうか?とふと疑問。そしてそれを「おもしろい」と感じてくれるのだろうか? 単なるオトナの自己満足では?とも。ま、それならそれでも良いのかな。子どもの情操教育の観点からすると、分かる分からないにかかわらず、こういう頓智の効いた歌をたくさん聞いておくことで経験値が増えるのでしょうね。

オチは歌を聴いてもらえれば分かります。「いたち」から「た」を抜けば「いち」、「かに」から「か」を取れば「に」、といった具合のなぞなぞ数え歌。

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血管不全

先日、第42回ニュータウンカンファレンスに参加してきました。日進月歩の心臓核医学の研究会ですが、その冒頭の山科章先生の特別講演『非侵襲的に血管機能と冠動脈を評価する』が一番勉強になりました。循環器内科医の山科先生が予防医療に力を注ぎ始めたきっかけが今の自分に重なる気がしたからです。

一次予防の取り組みにはハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチがあります。動脈硬化を予防して脳卒中や心筋梗塞にならないようにするためには、動脈硬化の危険因子がたくさん重なっている危険な人たちを選び出して個別に生活指導したり治療を開始したりするハイリスクアプローチが効果的ですが、まだほとんど何も問題がない状態から生活を見直してハイリスク群にさせないように集団で指導するポピュレーション(集団)アプローチの方が効率的で皆が健康でいられます。まさしくわたしたちが日々行っている仕事です。

でも、何もない人にがんばらせようとしてもなかなかがんばれません。日々の煩悩と戦うほどのモチベーションが上がらないからです。だから特定健診や健康日本21の活動でそう画期的な成果を得ることができない。それに対して、自分の血管がほんの少しだけ悪化している人にその事実を知らしめすと、がぜんやる気が起きて来るもの。だから血管年齢(脈波伝播速度など)・・・血管の硬さや内膜の傷み方を測定して血管をターゲットにする管理法が重要だと考えたそうです。二次予防にあまり興味をもてなくなっているわたしですが、このレベルの人たちへの啓蒙活動(1.5次とでもいうのでしょうか)はとても重要だと再認識させられた次第です。

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写真は何でも美化できる?

庭の梅の花が綺麗だったのでアップで撮ってSNSに上げました。とてもいい絵だと思いました。みなさんも褒めてくれて「いいね」をたくさんくれました。でも、実はその周りの花はほとんど咲いてなくて、つぼみもチラホラ程度。とっても貧相な全景なのだけれど、写真はいいところだけ切り取れるのです。むかし、庭に綺麗に咲いたバラの花に目がいく妻とその花の下に転がるワンのウンチが気になるわたしの違いを書きましたが、写真も切り取るポイントによって全く違うことが伝えられる・・・怖いなと思います。

でもその一方で、写真の怖さは逆に何でもかんでも平等かつ正確に写してしまうところにあるとも云えます。実際に肉眼で見ると若くて綺麗だと感じるタレントさんが、テレビではシワの一つ一つまで見えて年齢そのままに映し出されてしまう残酷さ。

実物がどうであれ、せっかく切り取って残すのであれば、できるだけ綺麗で印象的な方がいい。写真を撮るときに心がけておきたいポイントだと思います。

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なるほどなるほど

最近、とても気になるんです。

なるほどなるほど
「あぁ、そういうことですね」
「はい、はいはい」

こういう合いの手を、説明をしているわたしのコトバの端々に突っ込んでくる受診者さん。最近妙に多いのですが、あれは流行りですか? 他人の話を聞くときに相槌を打つのは礼儀で円滑な人間関係を築くコツなのだということは存じています。『傾聴』という技術は、他人の話を聞き、相槌を打ちながら、復唱する・・・身の上相談を受けたりうつ病患者さんへの治療をしたりするときの心得です。

でも、これを説明している相手にされると、とても鬱陶しい。自分の話のリズムが壊れるだけでなく、「こいつ、もしや聞き流してるな」と感じてしまうとイラッとするんです。口ぶりからしていつもそういう合いの手を入れているのだと思われ、そんな自分に酔いしれている感じなので、できるだけ気にしないようにしていますが、相手のリズムを壊したくてたまらない、悪い子のわたしが顔を出します。

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筋力と年齢

今週は有給休暇を取りました。休みの日は朝と夕方2回の愛犬の散歩をするのが最近のわたしのルーティーンです。平日の朝9時過ぎに公園の散歩をしていると、そこに居るのは皆さん、定年を過ぎたであろうご高齢の方々。颯爽と歩き回っていたり、走っていたり、体操をしていたり、皆さんとても元気です。

「あなたは少しもじっとしていないから、心配しなくても生活不活発病なんかにはならないよ」と妻は云いますが、それは何とも云えません。最近、動きすぎてカラダ中が痛いし、先日は少林拳の柔軟体操で大腿部の筋肉が硬くなっているのに気付きました。これは明らかに歩きすぎのせい。筋肉は、使えば使うほど強くなるとは限らず、使いすぎれば退化します。昨年まで、「歩きすぎ」とか「動きすぎ」とかいうことを気にしたことは一度もなかったのに、最近急に不安になっています。ココロが歳とってきたのかしら。

ちなみに、「動く」ということだけで云えば、主夫生活が大好きなわたしは生活不活発病には程遠いとは思います。ただ、一番大切な”生き甲斐”や”社会貢献”という部分がとても難しい。今は働いているからクリアできていますが、人付き合いが下手で社交的な生き方ができていない夫婦なので、定年退職したら突然社会から疎遠になるだろうことは明白。これで動けなくなったとしたら・・・いかん、いかん。そんなジジさまにならないように、齢相応の生活に心がけましょう。食事も運動も、何事も”ほどほど”がベスト。でも、食事は自らが欲したときだけ食べればいいけれど、運動はそれではいけない~神様は、そんなむずかしい仕組みをヒトのココロの中に創り給うて・・・イケズでございます。

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生活不活発病

最近、やたらと聞くようになった『生活不活発病』。どうも、昨年の熊本大地震の避難生活者にこの『生活不活発病』が増えたからわたしの耳にも入るようになったのでしょうが、最初は2011年の東日本大震災のときに確立した概念のようです。

「生活不活発病」を知ってますか?>って云われて、「いや、存じません」と即答したわたしですが、これは『廃用症候群』と同じですか? え、ちょっと違う?ふ~ん? ちょっとググってみましたら、国立長寿医療センターの大川弥生先生がすべてに出てくるから、きっと彼女が第一人者なのですね。

人間の機能は使わなければすぐに衰える。ひとつが衰えると周りの機能もそれに歩調を合わせるように衰えてバランスを取ろうとする。それを「老化だ」と諦めようとする、というのはわたしも毎日どこかで話してきているので理解しております。その解決策は、「動くこと」「毎日がゴキゲン!であること」「社会に関わっていると感じる生き甲斐があること」・・・わかっています。でもこれがまた、むずかしい。自分がそんな年代になって初めてわかる実感です。

人生は理屈じゃないから、なあ。

厚労省の啓発パンフレット(冊子チラシ)を紹介しておきます。

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おもしろい

「怒っても、恥ずかしくても、顔が赤くなるでしょ。どうして日本人はおもしろいときに『面白い』っていうの?」

妻が通っている韓国語の先生が先日こんな質問をしたそうです。わたしは今までそんなこと気にもしなかったので、それを聞いて「面白い」と思いました。で、なんで『面白い』と書くか?

「ほら、バカ殿様は顔を真っ白に塗っていて、おもしろいでしょ?」と答えた妻。
「ほう、なるほど」と先生。
「へえ、そんなんだ」とわたし。

面白い 語源』で検索したら、「目の前がぱっと明るくなり顔が照らされ、気分が晴れるような感じから、「顔=面(おもて)」が白く照らされるという意味」などと・・・。ま、たしかに、「いと面白し」といえば、「風流だ」とかいう意味ですね。

調べなければよかった。現代の使い方を考えると、わるいけど妻の説が一番説得力あるんじゃないのかしら?(笑) まあ、こうやってウソ情報がまことしやかに広まっていくんでしょうね。

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認知症と幹線道路

幹線道路の近くに住む人は認知症リスクが高い

「幹線道路から50m以内に住む人は、300m超離れた場所に住む人に比べ、認知症発症リスクが高く、幹線道路から離れるにつれて、同リスクの増加幅は有意に減少する」(カナダ・Public Health OntarioのHong Chenら、Lancet誌オンライン版2017年1月4日号)

こんな記事を乱暴に読んでみたけれど、こういうのは「なぜよ?」という疑問を解決させてから発表してほしい。わたしの感覚からすると、逆に閑静な環境で何の刺激もないひとに認知症は発症しやすいのではないかと思っていたので、どこか不思議です。特に大都市在住と引っ越し経験なしのひとに認知症が多いということをどう分析したらいいのか。ひっきりなしの騒音や車の振動が影響を与えるのでしょうか。日本の現状を考えると、都会の幹線道路近くのマンションに住むヒトは独居老人が多く、近所付き合いが少なくて会話が少ないから、ということでしょうか?それでは、生まれもって商店の子どもとして育った人は転勤族より危険ということ? そして、「もし認知症の傾向が見られ始めたら、早々に山奥に引っ越すのが得策だろう」とか提案することはできるのでしょうか。

まだちょっと、わたしには活用できないデータですね。

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スカウティング

若いドクターにとって、予防医療というのはそんなにも魅力がないのか・・・正直なところ、わたしの働く職場の医局はかなり危うい。若いドクターが入ってこないから。アラカンおやじたちと小さなお子さんを持つ女医さんたちと、そしてしがらみのない非常勤医師たちで毎日薄氷を踏む思いでやりくりしているわけですから・・・わたしも含めて、どんどん疲弊していくのが手に取るように分かります。

ということで、リクルートが急務(急務といいながらもう何年も変わりがないですが)。あちこちに求人募集はかけているのに、一向に応募者がいないというのは、よほど魅力がない職場イメージなのでしょうか。

ふと、わたしが10年来応援するJリーグのサッカーチームのことを想いました。一時大量の負債を抱えてチームの存続の危機もあった田舎の貧乏チームなので、大企業のスポンサーが後ろ盾になっているビッグチームとはまったく別世界。ちょっと活躍したと思ったら翌年にはすぐに他チームに取られてしまって、毎年全く違う顔ぶれの選手で開幕戦を迎えます。出ていった選手は日本を代表する大選手に成長してくれて嬉しいけれど、でもやはりサポーターとしては寂しく辛いシーズンオフ。

そんな田舎チームですが、毎年、ちゃんとどこからか新しい選手がやってくる。無名の新人からかつてのスター選手までいろいろですが、彼らはちゃんとチームで機能して成果を出してくれます。これはもう、彼らを発掘して、熱意のあるオファーを出し、おカネもないのに引っ張って来れる優秀なスカウティング・スタッフの力以外の何者でもありますまい。

ネームバリューさえあれば、そして日頃から真摯に仕事に向かっていれば、自ずと優秀な人材はあちこちからやってくる・・・そんな時代ではありません。学会活動を盛んにして名前を売るとか、地域の大学病院に何度も頭を下げに行くとか、そんなことだけやってても何も変わりはしないでしょう。

困ったなあ。「そもそもわたしは土曜日に働く契約にはなっていない!」と堪忍袋の緒が切れてしまった某ドクターが先日事務方に苦情を入れていましたが・・・その分わたしが休まず働けば済むという次元ではないので、困ったものです。

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普遍化はパターン認識とは違う(後)

(つづき)

でも、それが一番困るのだと云われます。医者によって指示する内容が違うとその後の説明をする保健師も事務方も混乱するし、フォローアップのときにミスが起きる元凶だそうです。大きな組織が常に一定水準を維持させるには、できるだけパターン認識しやすいシステム作りを追及する・・・やむを得ないことなのかなあ。

わたしは、医療のような千差万別のパターンがある世界で『普遍化』を考えるなら、皆が同じ水準になるまで学習し、経験し、考え方のベクトルを同じ方向に向かわせられるだけの努力をしなければならない、と思っています。例えそれが人間ドックのような決められた検査の評価であっても、『能力の違い』を云い訳にせず、もっと医療人としての検討会を重ねれば水準の維持はできると感じています。医師からの指示待ちをする風土ではなく、自分ならこうするといつも考えているなら、パターン化させなくても水準は保てるはず。団体スポーツの選手が毎日練習に練習を重ねる理由は、自分の技術を磨くとともに、自分の考え方が周りと同じ方向に向いていることを確認するためです。健診現場も、同じように団体競技なのだから、そういう日々の練習が重要なのではないかと思うております。

そんな組織になるといいな。

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普遍化はパターン認識とは違う(前)

組織が大きくなればなるほど、スタッフ全員が同じレベルのことをできるようにするためにどうすべきか考えるときに、まずはシステムを整備することが大事だと考えるようです。たまたま担当した人の水準で与えるサービスが異なるのはおかしい。決められたことを皆ができるようにするには、ミスがないようにするには・・・危機管理の観点を最重要視する時代を反映してか、インシデントやアクシデントの数を減らすにはどうすべきかを優秀な若いスタッフたちが何度も話し合っています。これからはAIも活用されるようになるかもしれない。

健診で云えば、この診断のときにはこういうことを疑うからこういう判定にしてどこどこの診療科に紹介してこういう検査を依頼する、という決め事にできるだけ例外を作らないようにしてほしい、と云われます。でも、元々が理系よりもどちらかといえば文系のわたしたち医者は、どうもこういうパターン化が苦手です。相手はヒト。同じ検査をして同じ所見でも、年齢や性別や体格やそのほかの諸々のデータを総合的に判断すると、こっちは大急ぎで精密検査を勧めてほしいけどこっちは多分何もしなくても大丈夫だろう、などという事態に出会うのは珍しいことではありません。

(つづく)

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穀物繊維

(つづき)

まったく別の機会に聞こえてくる新しい知識は、二回目に確実にわたしの知識になります。今回の西沢氏のお話の中に、穀物繊維のはなしが出てきて、「また、これか」と思いました。

「食物繊維が大切だということは認知されてきましたが、日本人は穀物から摂る食物繊維が激減しています。野菜類から摂る食物繊維は増えているのに、穀物からは減っている。ところが、2型糖尿病リスクを減らせるのは野菜からの食物繊維ではなく、穀物からの食物繊維なのです」

「『全粒穀物』を語るとき、今は大麦の話が出ます。麦は精米するので全粒穀物に入らないように思えますが、実はとても特殊な穀物で、表面の膜が簡単にははがれないのです。求められる食物繊維9グラム/日をまともに摂ろうとすると現実的ではないからサプリに頼ることになりますが、麦ごはんなら、三割麦ごはん(3グラム)×3杯で達成できます」

糖質摂取は「カットする」ということよりも、「どういうものを摂るか」が重要なのです。

とても勉強になりました。

ついでに、これを書きながら、またamazonで本を買ってしまいました。

腸科学~健康な人生を支える細菌の育て方
欧米人とはこんなに違った日本人の「体質」

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炭水化物と腸内細菌

先日参加した第45回日本総合健診医学会総会は、うちの若いスタッフの発表の付き添いと単位をもらうための特別企画に参加するのが目的でしたので聴く内容も限られていましたが、そんな中で、シンポジウム「加齢リスクとサプリメント」での日経BPヒット総合研究所の西沢邦浩氏の講演『個別化医療時代の機能性食品利用と検査』はとても勉強になりました。

中でも印象的だったのは、最近はやりの『炭水化物制限』が日本人には向かないのではないか?ということ。それは腸内細菌の性質が日本人と欧米人で全く違うことに起因しています。日本人の腸内細菌には発酵性炭水化物を利用して生きているモノが多いそうなのです。だから日本人は炭水化物を制限することで結果として腸内細菌叢の生態系を壊すことになっているかもしれない、という。ヒトのカラダに共存共生する微生物を『マイクロバイオータ』と云い、マイクロバイオータが食べる炭水化物を『MAC』と呼ぶのだそうですが、穀物制限を続けるとMACが足りなくなり、それを食い物にする腸内細菌が死滅します。ところが、一旦死滅した細菌群はその後再びMACを採っても二度と産まれることはなく、さらにそんなお母さんから生まれた子どもにはその細菌群は存在しないというのです。

怖い話ではありませんか。(つづき)

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自分の生き方は曲げたくない?

先日、学会出張のために乗った飛行機の広報誌に今売れっ子の若い女優さんのインタビュー記事が出ていたのでつい読んでしまいました。わたしの大好きな女優さんだったからです。

記事の見出しに「自分の生き方は曲げたくない」とありました。「自分の生き方」か・・・そのコトバが妙に引っかかってしまいました。もちろん、わたしだって、自分の生き方は曲げたくない。そう思って長いこと働いてきましたし、そうやって生きてくることができたと思います。だから、これまでの人生に満足しています。

でも今は、どうだろう? 「曲げたくない」と思うような生き方をしているだろうか。何となく流れに任せて生きていて、とくに困ってはいないけれど、曲げるかどうか悩むような障害もない(無意識に考えないように避けている)のではないか・・・それはそれでいいことなのだけれど・・・ちと凹んだりする。向かって行こうとする目標がないと、どんどん萎んでいく気がするからです。

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アンケート

ヒトと関わる現場の多くはアンケート調査を行います。わたしたちの職場でも必ず受診者にアンケートを書いてもらいます。利用者の忌憚のない意見をいただいて改良すべきところは積極的に改善する目的です。

このアンケートに、毎年びっちりとクレームを書いてくれる人が何人かいます。「そんなに文句があるんなら他に行けばいいのに」と云いたくなるくらいに色々書いてくれるけど、それでも毎年やってきます。「あんな人は他でも同じようにやってるから、もう行き場がないんだよ」とかいうひともいますが、そうではないことをわたしは知っています。「こんなとこ、二度と来るか!」と思ったら、激怒してその場で爆発することはあっても、後からアンケートに苦情を書いたりなんかしないものです。二度と来ないのだから、どうでもいいこと。再び思い出して怒りを書くなんてバカらしい。

先日、学会出張で利用したホテル。サービスも立地も食事も申し分なかったのですが、トイレで用を足していざウォシュレットを使おうとしたら、使えない。便座に座ると『準備中』の文字が点滅するのだけれどいつまで経っても点滅が止まらない。多分故障です。止むを得ずトイレットペーパーでゴシゴシやって、ヤワなお尻から血が滲んでしまいました。この程度のアメニティの不具合、どうしますか? お湯が出なくて風呂に入れないとか、入口のカギが固くてなかなか開かないとかなら、すぐに苦情を云って部屋を変えてもらいますが、ウンチできないわけじゃないし、一旦広げた荷物をたたんで部屋を替えてもらうほどでもない。結局、特にその他の不具合もなくそのまま滞在しました。

さて、こんな時のアンケートです。いつもは何も書かないのですが、今回は書いてしまいました。あの不具合はたぶんハウスキーパーの方にはわからないだろう(便座にしばらく座ってみないとわからないから)し次に使う人が困るだろうと気遣ったから、ではなく、次にこの街に泊まるならまたこのホテルに泊まりたいと思ったからです。

アンケートで細かいところに気づいてわざわざ書いてくれる人は、少なからずそこを気に入ってくれている人。煙たがらずいつも大事にしなければいけません。

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正月休み(後)

(つづき)

コンビニもそうですが、世間の人たちが便利になるということは、必ず休めずに働く人がいるということで、その人の家族もまた正月を正月として味わえないということ。高度成長期のモーレツ社員やバブル期の「亭主元気で留守がいい」の時代でもなくなった昨今、過重労働が問題になり「ブラック企業」「ワーキングプア」などのコトバが生まれてきました。「過重労働はやむを得ず」と諦めていたうちのような救急医療現場でも、今はワーク・ライフ・バランスが重要な課題になっています。

『勤勉こそ美徳』の精神の日本人をもってしても、やっと「不便も良し!」と考え直すヒトが増えてきた気がします。ファミレスでも24時間営業を止めるところが出てきましたし、コンビニも「24時間営業しておかないと客が減る」という時代ではありません。サービスを提供する側も受ける側も「もういいんじゃないの?」と思い始めた今なら、どこまでも過剰になって引き返せなくなっていたサービス社会の構造を変えられる気がしています。

大晦日までとにかく慌ただしく、除夜の鐘が鳴った途端にピタッと時間が止まって、正月を正月として過ごす空間を再び取り戻せるチャンス到来!

厚労省は、毎月末金曜日に『プレミアムフライデー』を提案しています。午後3時に終業して空いた時間を買い物や食事やレジャーに費やすことで消費を促す、と云うわけですが、「これって、お店の従業員が働くこと前提なんでしょ? 変じゃない?」と思わず口にした妻の疑問が、的を射ていて笑いました。

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正月休み(前)

早いもので、今年ももう1ヶ月が過ぎようとしています。正月のころに書きたいと思いましたが、書けないままに日が経ってしまいました。三越伊勢丹ホールディングスが来年から正月三が日は休業することを検討している、というニュースを元に、日経ビジネスで『働き方の未来』という記事が出ていました。

小売業の「正月三が日休業」に9割近い支持>(磯山友幸氏)

特に最近、わたしも思うのです。「正月くらい世の中みんな休んでもいいんじゃないか?」って。世の主婦たちが必死にお節を作り、それに飽きたときのためにカレーや焼肉の材料もスーパーで買い込んでいる年末。いまだに昔と同じ風景・・・でも、そんなに買い込まなくても、今は正月でも店は開いています。下手をすると元日の昼前に初売りをするスーパーすらあります。いつの間にか、サービス業の常識として『正月休み』はなくなりました。

そんなサービス、本当に要るのか? たしかに便利になって本当に助かっています。「正月になったら何もなくなる」という心配が要りません。特に独り暮らしの男性には心強い。でも、昔は正月といえば静かに粛々と過ぎ行く長閑でどこか凛とした時間でした。世間の皆が「正月はお店は閉まっている」と諦めていましたし、だからこそお節を食べて火を使わずに家族水入らずのトキを楽しむ時間としてとらえることができていました。

(つづく)

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「肝機能」の混乱

「ALT正常値」に新基準、米消化器病学会

米国消化器病学会(ACG)が昨年末に肝酵素のALTやAST、ALP、ビリルビンの検査に関するガイドラインを発表したというニュースが配信されました。どうも、初めてALTの正常上限値が「男性29~33IU/L、女性19~25IU/L」に定められたことがポイントらしいです。今まで基準値を算出する際の参照基準とする「健康な集団」の条件が一致していなかったために施設で値がバラバラだったものを統一したのだそうです。ASTが18IU/L超の男性において、それよりも低い男性に比べて全死亡リスクが3倍だったとするドイツの報告やALT上昇(男性30U/L超、女性19U/L超)が肝疾患による死亡リスクの8.2倍の増加と関連していたとするNHANESのデータに基づいた報告も記載されているのだとか。

さて、この肝酵素の値、予防医療の世界では本当に悩ましいです。基準値がどんな値でも良いのですが、「異常高値」がどのレベルからなのか、痛くも痒くもない”沈黙の臓器”の主張を代弁するのはなにしろ難しい。「何かの異常を訴えているかもしれないから、ちょっとでもおかしかったら専門医に紹介しとけば良いんだよ」とお偉い方々は云い放ちますけれど、大部分は結局「問題なし」あるいは「健診で経過観察」などと云われて追い返されて、「送った方が悪い」みたいに当事者には思われてしまうんです。何かもう少し特異度も感度も高くて簡単で健診でも使えるコスパの良い検査方法を見つけ出してもらえないものでしょうか。

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ほっこり?

「なにかこのほほえましい光景をみているとほっこりしますよね」

最近この『ほっこり』というコトバをよく聞くようになりました。辞書には『いかにも暖かそうなさま、ふくよかなさま』と書かれてます。「心が温かい気持ちになって癒される」という意味で使っているようで、殺伐としてストレスまみれの現代社会の中ではこのコトバが使えるシテュエーションを皆が求めているのでしょう。

でも、わたしはあまり好きなコトバではありません。これがもともと京都ことばで、本来は『(精神的に)疲れた、しんどい』の意味だとか、『カラダは疲れているけれど心地よい充足感がある適度な疲れ』というニュアンスだとか、そういう理屈は今回これを書くために検索して初めて知りました。だから、わたしが好きになれない理由はそんなものではありません。

「癒される」というコトバもそうなのですが、何か軽々しい感じが伝わってくるのがイヤなんでしょう。今のこれは、もっともっと本当に感動して心から安堵のため息をつける、思わず涙が溢れでる状況なのに、そこで「ほっこり」とか「癒される」とかでくくって欲しくないのだよ、と感じることが多くて。おそらく、「ほっこり」も「癒される」も本来はそんな深い使い方をするためのコトバだと思われるのに、皆が流行に乗って何でもかんでも簡単に使うものだから、いつしか軽々しいコトバに成り下がってしまったんじゃないかと、自分では勝手に解釈しています。「ほっこりする」は「ホッとする」と似ているし語感が柔らかいから何となく混同して使っているのかしら。

まあ、明るい心温まる話題にしか使わないのだから、それがたくさん聞こえてくることはいいことなのでしょうけれど。わたしが使うことはまずないと思うのですけれど、せめて、アナウンサーの皆さんは流行に乗りすぎずに吟味して使って欲しいなと思う次第です。

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冬のウォーキング

冬のウォーキングの効果を高める3つの方法 安全に運動をするために

基礎代謝が増える冬場はエネルギー消費にはもってこいの季節だから、さあ冬場に運動しましょう、ウォーキングしましょう!と働きかけてくれている記事をみつけました。見出しだけコピーしましたのでどうぞ参考にしてください。

1.冬のウォーキングが体の基礎代謝を高める
  ・ 筋肉を増やせば基礎代謝が上がり、エネルギー消費量も増やせる
  ・ 冷えやすい体質を改善するためにも運動が効果的
2.寒い冬の運動はウォーミングアップが重要
  ・ 冬場は血圧が上昇しやすいので要注意
  ・ 体を急に冷やさないようし、ウォーミングアップを十分に行う
  ・ 帽子、手袋、靴下などで体を温かくする
3.厚着を繰り返さないで、吸湿・速乾性の素材を上手に使う
  ・ 体が温まるにごとに1枚ずつ脱げるように、重ね着をする
  ・ 衣類内に湿気がこもるのを避ける

ただ、分かりきったことですが、一番大事なことはこんなことではありません。もともと”運動欲”など持ち合わせないヒトにとって、「寒い」という格好の言い訳を振り切って”行動を起こす気”にならないことには先に進みません。自ら冬場に動くことを苦にしていないヒトはこんなことすでに承知。これだけの注意点が並べられると、途端に「面倒くさい」虫が蔓延り始める輩を外に引っぱり出すことが、最大の難関です。

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空はどこから?

先日、わたしの大好きなEテレ番組『シャキーン!』で流れた曲が、アタマから離れません。

シャキーン!ミュージック〜空はどこから

空はどこからが  空なんだろう
空って  どこのことなんだろう
どこからどこまで  今日の空
空っていったい  なんだろう
指で四角  こしらえて
切り取ってみた

子どもの頃、夜空を見上げて、宇宙ってなんだろう?この世ってなんだろう?生きるってなんだろう?自分はどこにどんな風に存在しているんだろう? という疑問が深い不安感になって慌てて家の中に逃げ帰った記憶がふと蘇りましたが、今回の感銘はちょっと違います。大地震で明け方まで外で逃げ惑ったあの日、寒空の夜空は綺麗でした。夜が白白と開け始めた頃の空はとても頼もしく思えました。見上げた時に空が広がっているととてもココロが落ち着きます。自分たちの頭の上でずっと見守ってくれている『空』という存在のおかげで自分たちはココロ安らかでいられるのだな、と思ったことを思い出しました。

ちなみにどうでもいいことですが、ウキペディアによると、『空(そら)』は、「地上から見上げた時に頭上に広がる空間のこと」と書かれていますが、その定義はどうもはっきりしません。

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眠くない

最近、妻が血圧計を買ってわたしに測定を強要します。わたしが10年来抗高血圧薬を飲んでいるにもかかわらず血圧測定をしようとしないからです。実は最近、職場のフィットネスジムでこっそり測定すると、150-160/90-100mmHgあたりのコントロール不良の値を示すことが多いのであまり測りたくないのです。ところが、妻が買ってきた血圧計で朝晩測定すると、これが意外な値を示します。120-130/70-90mmHg・・・手首型は低く出がちであることを考慮しても、この値はうれしい。まあ活動すると上がる、特に仕事のストレスがわたしを蝕んでいるということは云えそうです。

そんなわたしですが、最近気づいたことがあります。仕事中にまったく眠くなりません。1年前のfacebookの記事を見ると時折体調の悪さを書いてあるのだけれど、最近それがない。1年前までの自分を思い起こすと午前の読影中とか昼下がりの説明中とかに無性に眠くなって、机上につっぷして意識を失うことが茶飯事でした。それがまったくないのです。たしかに今年のわたしの行動目標に「23時までには床に就く」というのを掲げていますから意識して早く寝るようには心掛けていますが、それでも最近は午前零時を超えるのが常。よほど一年前の方が早く寝ていた気がします。

「あなたは他人には厳しいけど、自分には甘いよね」と妻にいつも皮肉られるわたしですが、アラカンになって、意外に自己管理が上手くいき始めているんじゃないの?と自己満足気味です。まあ、単純に、晩酌の酒があまり量をいけなくなったためだけだったりするのかもしれませんが、それはそれで良いこと・・・理屈ではなく、カラダ自体が欲する行動に間違いはありますまい。もっとも、この変調が何か大きな病気の前触れということも有り得ますけど。

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重症化予防(後)

(つづき)

健診や人間ドックで自分の今のカラダの状態を具体的に数値で知った方が断然やる気が起きていい!というヒトもいます。でも逆に、数値を知ってしまったがために泥沼にはまり込むヒトが少なくありません。知らなかったらもしかしたら寿命が10年短かったかもしれないけれど、その代わりにやりたいことだけに目を向けられる人生だったかもしれない。「このまま放っておくと将来心筋梗塞や脳梗塞になる危険性が高いから、悪化しないように今から生活を見直しましょう」と云われて数値の虜になってしまうとしたら、それは充実した楽しい人生なのか? もともと乱れた人生を送っているならともかく、今まで普通に健康的に生きてきたヒトでも、数値は必ずしも基準内にはなりません。急におそるおそるの生活を強いられることが『重症化予防』の生き方だとしたら、それはわたしの求めてきたモノとは別物です。

もともと国がこの施策を云い始めた目的は、健康増進などではなく、『医療費削減』です。「病気を未然に防いで健康的な人生を送りましょう。そのためには、未病状態から”良い生活習慣”を身に付けるようにがんばりましょう」と、現場担当者はまことしやかに云いますが、国にとっては”健康”なんて二の次のはず。そういう云い方をすれば国民も納得して動いてくれるはずだから無理やり理由付けした詭弁です。もし何もしなくても医療費が上がらない(国民が病気になっても治療など受けない)なら、病気でもないものに予算をつぎ込んだりしないはず。それは、禁煙対策が遅々として進まないのを考えれば一目瞭然です。

まあ、たとえ詭弁であっても、今までは「病気でないモノ」に予算など一円も付けなかったわけだし、医療介入すらさせなかったわけだから、それは格段の進歩なのだと思います。だから、わたしも講演の依頼を拒否せず受けるのであります。わたしのキライな『重症化予防』という概念さえ無視すればいいのですから。

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重症化予防(前)

『重症化予防』

わたしは、このコトバが大キライです。なのに、わたしに講演を依頼する団体は必ず云うのです。「生活習慣病の重症化予防のために必要な知識と方法を講演してください」と。自治体はこの『重症化予防』というコトバが好きです。重症化予防こそが予防の根幹だと思い込んでいるようなのですね。

わたしが臨床現場から予防医療の世界に入ってきたとき、わたしもそう思っていました。わたしが健診医の道を選んだのは、修繕屋の仕事に限界を感じたからです。詰まってしまった動脈硬化のなれの果てを治療して「通った!」と喜んだところで、もうすでに全身は蝕まれている。もっと前から何かを始めなければ、それが何かということに気づかなければずっと後手後手の人生になる。そうならないようにアドバイスをする仕事をしたい・・・そういう想いでした。そしてまた、健診現場に来てみたら、臨床医時代に思っていた以上に予防の概念は重要だと云うことも思い知らされました。

そんなわたしが、『予防』は重症化予防とは違うと思い始めたのはいつのころからでしょう。『重症化予防』はつまり、わたしが主張している『後ろ向きの予防』の最たるものです。取り組みの前提に『病気』ありきで、アウトカムとして設定しているのは”病気で寝たきりになったり病院通いをしない人生”であって、”病気など気にしないでゴキゲンな人生を送る”という『前向きの予防』ではないところが、どうも気に入らないのです。

(つづく)

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「ある程度」って

CareNet配信の『冠動脈疾患の運命を左右するのはDNAより生活習慣』というタイトルに目が行って読んでみたのですが、

健康的な生活習慣で遺伝的冠動脈リスクはある程度打ち消せる

が本当のタイトル。「ある程度」とか「リスクの一部」とか、微妙にモチベーションをあげさせない表現なところが、気にはなります。

「遺伝的リスクが高く、かつ望ましくない生活習慣である場合、本研究における心臓発作の10年リスクは約11%であった」「遺伝的リスクが高くても、望ましい生活習慣である場合には、10年リスクはわずか5%であり、このことは、健康的な生活習慣の順守によって遺伝的リスクを50%以上も相殺しうることを示唆している」というから、やって損はないという感じですかね。でも、「(心臓発作の)強力な家族歴を有する多くの患者は、コントロール不能な問題を有する運命にあると感じている。われわれのデータは、家族性リスクが高い場合であっても、自身の健康状態はコントロールできるのだと患者に安心感を与えるものであると私は考える」という研究者(ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院Sekar Kathiresan氏)というところまで読んで、ちと興味は失せました。

そうじゃない。心筋梗塞の家族歴があるとか、動脈硬化の原因になる疾患(糖尿病や高血圧)の家族歴があるというヒトはそうでないヒトより明らかに虚血性心疾患を起こす確率が高い。だからこそ、それは生まれたときから分かっているのだから、若いうちから他のヒトよりしっかりと生活習慣を意識する必要がある。というか、そうすることで、他のヒトより積極的に健康的な人生を送ることができるし、子どものときからの習慣なので苦痛を伴わない。選ばれし幸せモノである。

ということだ、とわたしは結果説明のときにお話しています。

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