プラトー

住民の皆さんに行う健康講演でも、専門職向けに行う講義でも、かぶりつきの席に座ってひとつひとつ頷いてくれているのはおそらく保健師さんか栄養士さんなどの健診業務関係者だと思います。でもそんな彼女たちが頷かずに決まって渋い顔をするのは、わたしが体重の理論を話すときです。

そう、昨日の記事の最後に書いたあのこと・・・「生活習慣病予防や健康を念頭に置いた場合の”減量目標”は、綿密に計算された値ではなく、単に結果として体重がプラトーになるところの値であり、それが各人の理想値である」という話です。栄養学の理論を否定する話なのに何の証拠もない、ただの一医師の感想。でも講演する医師の立場でそれを話せば、それは大きな意味を持つ。「みんなががんばらなくなるのではないか」と懸念するのかもしれません。

でも、誰が何と云おうとこれは真実。人間の身体を単なる分子の集合体モデルで考えて質量保存の法則に従って理論的に計算して、その通りにやったらそれなりの成果が出るという根拠があるから学問が成立しているのですから、その理論計算を真っ向から否定されるとやっぱりイヤな顔をするだろうなと思います。でも理屈と違うのは、人間は各々違う体質であり、違う筋肉組成であり、違う代謝だということ。だから、生きとし生けるものは実験モデルのようにはいかなくて当たり前ではなかろうか。体重に関するトライアルがうまくいっているかどうかの基準は値がプラトーになるかどうかだけ・・・そしてそれこそが、自分のカラダ自身が認めた唯一の答なのだと思っています。だから、「目標値までもっと必死に頑張れ!」と叱咤激励するのも意味がないし、「妙に下がりすぎたから、少し食う量を増やして微調整した」というのも危険な発想だと思います。

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やせるのが一番?

「先生、やっぱり生活習慣病を良くするためには、やせるのが一番なんでしょ?」

40歳半ばを過ぎたわたしのゴルフ仲間の男性が、先日のゴルフコンペの待ち時間にそんなことを云いました。腎臓を患っている彼はしっかり7キロも減量して、採血検査の値や血圧を正常に戻すことができたそうです。

「そのとおりです。よく頑張りましたね。すごいですね」と即答してあげるだけの裁量があるとわたしも一流医療人なのでしょうけれど、つい口ごもってしまいました。「やせるのはいろいろ取り組んだ結果であり、体重が軽くなれば錘(おもり)が無くなって血圧も下がるかもしれないけれど、単に『やせたらいい』と云う問題じゃないんだよね」とつい(屁)理屈をこねてしまうのがわたし。

「でもボクの主治医はいろいろ計算した挙げ句に『目標はさらにあと7キロ減量すること』とか云うんですよ。『勘弁してください。そんなに減らしたら仕事になりません』と云ってやりました。今が限界です」といつものように面白く話をまとめながら笑っていましたが、でもその通りだと思います。日頃から休むことなしにカラダを使って仕事をしている彼ですら、今以上の減量を試みたらおそらく筋肉が減り始めるはず。あるいは脱水。いずれにしても腎臓機能の改善を目標に置くなら、それはあまりに危険をはらんでいる計算式。QOL(生活の質)を考えるなら、彼の云う通り、「今がベスト」で良いんじゃないでしょうか。むしろ、今の状態を維持することの方が大変だと思います。

とにかく、「生活習慣病予防や健康を念頭に置いた場合の”減量目標”は、綿密に計算された値ではなく、単に結果として体重がプラトーになるところの値であり、それが各人の理想値である」というわたしの持論。決して間違ってないと思うんです。

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アイコス神話崩壊

加熱式たばこも血管に有害―従来たばこと同程度に影響

iQOSの蒸気に曝露したラットの血管内皮機能は、一般的な紙巻きたばこの煙に曝露したラットと同程度に低下していた”というデータの『一般的な紙巻きたばこ』というのがマールボロ。マールボロとは、またかなり強烈な紙巻きたばこを選んだものだ。「たばこ葉を摂氏600度で燃やす通常の紙巻きたばこは有害物質を含んだ煙を発生させるが、摂氏350度で加熱するiQOSではニコチンが含まれた蒸気は生じるが煙は出ないため、従来の紙巻きたばこよりも安全」というのがフィリップモリス社の云い分なのですが、それを真っ向から否定するデータをアメリカの大学が出したことはものすごく意義が大きいのではないかと思います。

もはや、アイコスに居場所はありません。肺がんに関連するタールはカットされるとしても、そのほかの化学物質は何ら変わりません。このデータはニコチンの影響ではないだろう、と結論付けています。「具体的にどの化学物質が問題なのかははっきりと分かっていないが、最大の問題はニコチンではないとみている」、「独立した適切な研究に基づいて判断することが最も重要であり、事実による裏付けがないにもかかわらず従来のたばこよりも害が少ないと謳うべきではない」・・・アイコス包囲網はとにかく厳しそうです。

わたしの友人に禁煙外来受診中に主治医のアドバイスを求めることなく「うつ病になりそうなので止めた」と云い、その後アイコスに転向した人がいます。「アイコスならタバコじゃないから」とこれ見よがしにスパスパやっていた彼。最近胸部症状が出てきたそうですが、それでも「アイコスは大丈夫」と云い張っていました。彼は、きっと近い将来に心筋梗塞になって突然死するパターンでしょう。アイコスに明日はない・・・止めるための過渡期の人生経験としてしか生きる道はない・・・そう思いますよ。

ところが、昨日の朝、大手テレビ局の番組を見ていたら「加熱式たばこは健康被害も少ないし煙も出なくて周りにも影響を与えないから各企業が開発に努めているというのに、これにも課税するのはおかしいのではないか」とコメントし、何故課税されるのかという質問に「第三のビールと同じで、取れるところから取れということでしょうね」と答えた某氏。「こいつら、バカばっかり!」と叫んでスイッチを切りましたが、このテレビ局がこれからバッシング受けるのは必至でしょう。

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マインドフルネスと認知行動療法

今年の日本ポジティブサイコロジー医学会学術集会(横浜)で一番楽しみだったテーマは、マインドフルネスと認知行動療法・・・今が旬の話題でした。

マインドフルネスと瞑想と禅・・・共通用語は『気づき』~”現実をありのままに受け入れる”・・・刹那刹那で体験する現象を”判断”せず(先入観を持たず)に注意を向ける(観察する)ことなのだそうですが、仏教と医学の融合をシンポジウムで語り合うのを興味深く拝聴させてもらいました。日本テーラワーダ仏教協会長老が「次元の違う問題」と一蹴するのも、元医師の臨済宗住職が医学との橋渡しとして接点を見つけようとするのも、心理学者の先生が普遍的な学問として確立させることの重要性を語ろうとするのもとてもよく分かる。気を遣いながらも本音トークしているのが面白かったと思います。でも、結果として分かったことは、まだまだ自分はマインドフルネスの概念をうわべだけしか理解できていない、という現実でした。

最後に認知行動療法の日本の第一人者、大野裕先生のレクチャー『こころのスキルアップトレーニング』を拝聴。いただいたレジメから「こころのスキルアップ、10のヒント」というのを写しておきましょう。これを1つずつ丁寧に説明していただきました。

1.ストレスを味方にしましょう
2.自分の強みを生かしましょう
3.できた感を大切にしましょう
4.しなやかに考えましょう
5.しなやかに問題に取り組みましょう
6.一人で頑張りすぎないようにしましょう
7.こころに寄り添いましょう
8.自分のための時間をもちましょう
9.自分に優しい生活を送りましょう
10.笑顔と夢を大切にしましょう

最近の自分を眺めてみると、この10のポイント、意外にできている気がします。できていなくても”できている感”を感じられるのは大事なのだと学びました。

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幸せのものづくり

今年も日本ポジティブサイコロジー医学会学術集会に行ってきました。昨年の京都の大会は前日に山陰で大きな地震が起きたために参加を断念しましたから、2年ぶりの参加になりました。とても小さなマニアックな学会ですが、それでもわたしは自分が参加する学会のうちでこれが一番好きです。やっぱり、もともと精神科医になりたくて医者になった人間だものな、と思います。

関西福祉学大学島井哲志先生の教育講演で印象に残ったのは「日本人は高齢になるほど『幸福感』は上昇する。『人生の意義を探す』ことが日本人では幸福感を高めている」という話。

わたしのこころを一番動かしたのが大会長の慶應義塾大学の前野隆司先生の会長講演『幸せとポジティブサイコロジー』でした。思わず彼の著書『幸せのメカニズム』(講談社現代新書)をその場でamazonに注文してしまいました。『幸福学』という分野の奥の深さを身に染みて感じ、『健康=幸せ(Well-being)である』ということだから、これこそ今のわたしの仕事に直結する話であると分かりました。幸せを充たす4つの因子:やってみよう因子(自己実現と成長)、ありがとう因子(つながりと感謝)、なんとかなるさ因子(前向きと楽観)、ありのままに因子(人の目を気にしない独立と自分らしさ)を充たすことのできるサービス作りこそが、人を幸せにするものづくり・まちづくり・組織づくりにつながる、というコトバがとても印象に残りました。「この4つを充たすものを作れれば必ず幸せになれる」という。そして、ものづくりをするヒトは使う人を幸せにしたいと思って作るからこそ、この4つの因子に叶うものを考えようとする。

うちの職場で新しいサービスを考えるときに、必ずこの4因子を考えるべきであることを知ったことが最大の収穫。わたしが前野先生の話を聞きながら最初に思い出したのは、夏に訪問した大分県国見町の街づくり。分かるヒトにしか分からないかもしれないけれど、まさしくあの街は、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなるさ」「ありのままに」のすべてを満たしている人たちの集まりです。彼らのことを考えるとまさしくその通りだなと思うとともに、自分たちにも必ずできる!と思った次第です。

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こういうのはどうしたものか:スタチンと糖尿病

スタチンで糖尿病リスク増大“高リスク患者でも”

高コレステロール血症治療薬であるスタチン系を服用すると糖尿病になるリスクが増加するというのは、もはや常識化してしまった感のあるデータですが、”2型糖尿病リスクの高い人において、長期のスタチン使用は、既知のリスク因子や潜在的交絡因子を考慮しても、約30%の2型糖尿病リスク増加と関連する”という報告が出されていました。

その警鐘を鳴らした上で、「個別の患者について、糖尿病リスクのゆるやかな潜在的上昇を、スタチン治療に関連する心筋梗塞、脳卒中、心血管死の一貫したきわめて大きな減少と比較する必要がある」と締めくくるのもこれまでの報告と同じ。糖尿病リスクは高いけれど、スタチンを止めるより使っていた方が心血管疾患を予防する効果は高いだろう、というわけですが、それなら、この類のデータの扱いをもっと全体的にトーンダウンさせては貰えますまいか。しかも、「スタチンの糖尿病誘発効果の根底にあるメカニズムはほとんどわかっていない」となると、なおのこと。

『糖尿病や耐糖能異常に伴う食後高血糖が起きている時、インスリンスパイクによって血管壁の隙間が広がってその隙間を通して酸化したLDLコレステロールが壁内に入り込んでくる』というのが、動脈硬化の第一歩。つまりは、脂質異常症と糖尿病は常に同じスパイラルを形成する同じ穴のムジナ・・・「心血管疾患予防のためにスタチンを処方されている糖尿病の高リスク患者においては、血糖状態をモニターし、健康的な生活習慣を強化するべきである」とかいう当たり障りのない云い方は、自分が当事者ではないから云えることで、命に関わる病気の予防のために治療を受けている患者さんの中にはかなり心配している人が多いと聞いています。

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こういうのはどうしたものか:ピロリとPPI

ピロリ除菌後も胃薬PPIで胃がんリスク上昇か

ヘリコバクター・ピロリ菌(H. pylori)を除菌した後であっても、胃痛や胸焼けの治療に用いられるプロトンポンプ阻害薬(PPI)を長期的に使用すると胃がんリスクが上昇する可能性がある”という研究結果が、香港大学のWai Keung Leungらによって報告されたそうです。

さてさてどうしたものか。もちろんわたしたちは治療するわけではないけれど、こういう報告がでると患者さんから「どうしたらいいでしょうか」と相談されるのです。「そんなこと、主治医に聞け!」と思うのですが・・・。そもそも、ピロリ菌は食道には肯定的に働いているので、除菌すると総じて逆流性食道炎は起こしやすくなるもの。そして、そもそも逆流性食道炎の治療薬であるネキシチウムなどはずっと使うのが基本であると思っていたのに、「PPIの使用で胃がんリスクが2.44倍に上昇」し、さらに「使用期間が長いほど同リスクが上昇し、1年以上で5.04倍、2年以上で6.65倍、3年以上で8.34倍になる」とか云われたら、そりゃ飲みたくなくなるでしょうね。いくら、「胃がんリスクのわずかな増大を理由にPPIの使用を中止する必要はない」とかコメントされても、5倍とか8倍とか書かれたら気が気ではないでしょうね。

わたしは激しい逆流性食道炎持ってますし、ピロリ菌除菌治療を受けてもう10年以上になりますけれど、おかげさまでクスリを飲む気が根本的に皆無なので、対象外ですけど・・・(笑)。そうか、「胃酸の逆流がみられるだけの患者に対してはPPIを処方する前に生活習慣の是正や食事の改善を促す努力」をすべきであるという点から患者さんを説得する良いデータになる、と考えればいいのか。

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名前を思い出せない

昼休み、スタッフルームで弁当を食べていると、部屋の入り口のドアが開いて若いスタッフたちが続々と入ってきます。弁当を食べながら、「この人の名前は○○さん、この人は△△さん」・・・ひとりでこっそりと確認しながら口の中で唱えてみる。「あれ、この人の名前、何だったっけ?」・・・突然出なくなる。昨日は普通に云えていたのに、いつも話をして、昔から居るのに・・・名前が出てこない。「あれ、あの人の名前も・・・」表情は何も変えずに黙々と咀嚼しているけれど、どんどんパニクってくる自分。それでも必死に思い出そうとすることが大切だと脳科学者は口を揃えて云うから、わたしも必死に考えるけれど、一向に浮かばない。浮かばないどころか、新しい不明人のリストがふくれあがる一方。

最近、本当に名前がすぐに出なくなっているのが分かります。数年前、過労で突発性難聴に罹ってステロイドを服用していたときに一度こんな感じで、身近のスタッフの名前が一切浮かばなくなって救急外来に連れて行かれたことがあったけれど、あのときに似ています。違うのは、今回は体調はすこぶるいいということ。やむを得ず、職場のホームページにある組織表を拡大してチェック。「ああそうだった、あの娘は●●さんだった」「あの人は××くんだったね」・・・確認できて安堵はするのだけれど、ちょっと凹むエピソードなのであります。

そんなことがあるからこそ、わたしは脳トレの意味を込めて、毎日昼休みには弁当を食いながら入り口のドアを眺めてモゾモゾ独り言をいうておるのであります。

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ヘルシー弁当

昨日、覚え書きとして書きかけたけれど、どうしても単独で書きたくなりました。

最近は、インスタグラムなどに、「今日のランチはヘルシーメニュー!」とか「ヘルシー弁当作ってみました」とかいうノリで写真がよくアップされていますが、一体何をもって”ヘルシー”と云っているのでしょうか。皆さんがこの単語を聞いて思い浮かべるのはどんなメニューでしょうか。

まあクックパッドなどを”ヘルシー弁当”で検索して覗いてみるとかなりオシャレなレシピが並べられていますが、世間でいう”自分で作ったヘルシー弁当”は総じて地味で、お世辞にもあまり美味そうではない色合いをしているのが普通。 青物野菜にお煮しめのニンジン、シイタケ、サトイモに湯がいた豚肉などが並び、たんぱく質はあっても小さな鶏唐揚げが申し訳なさ気に1、2個なんてのか、あるいは昔ながらの一汁一菜かじゃありませんか。『低カロリー=ヘルシー』と思っているわけではないでしょうが、そんな精進料理もどきの写真を見ていると、なんか”ヘルシー”の使い方を間違っているのじゃないかという気がしてなりません。

”ヘルシー”は『健康的な』ということなのだから、見た目、おいしそうで思わずヨダレが出そうでないとダメ。アブラこってりボリュームメニューやファストフードメニューを求めはしませんが、せめて彩りはもっと派手目でいいんじゃないの?とか、写真見ながらよく独りツッコミします。自分が「食べたい!」と叫びたくなる料理を作ってください。それを”ヘルシー”に仕上げたければ、量を半分にすればいいだけのこと。簡単なことだと思います。

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講演覚え書き

「健康とは」

それを”幸せ”と感じること。
ゴキゲンなこと。
ガマンの向こう側に健康はない。
健康かどうかを評価するポイントは、「その行動が楽しいかどうか」。

「がんばる」

やりたいことではないのに一生懸命「がんばる」ってことに意味はあるのだろうか?
やりたいことでもないのにガマンして「がんばる」のでは、ダメだと思う。
でも、そんな理由で「がんばらない」と、みるみる堕落する気もする。 ちがうのかな。

「ヘルシー弁当」

「今日はヘルシー弁当です」「ヘルシーランチです」とコメントしながら写っているインスタ写真を眺めながら思う。
まるでおいしそうじゃないのに、これのどこがヘルシーなのか?

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労災認定?

企業健診の一環として人間ドックを受診する人もたくさんいます。彼らは、受けたくもないのに無理矢理検査されている、という認識の人が少なくありません。

先日は空腹時血糖400台の40歳代前半の男性が受診しました。毎年血糖値が300~400で推移しています。毎年必ず『要治療』の判定で紹介状が発行されていますがずっと”放置”。うちの施設はかなりしつこく受診勧奨しますが、必ず『忙しいから』という理由で受診を拒否されてきました。きっと、何の症状もないし、受診したら治療させられたり食事制限させられたりするに決まっているから鬱陶しいのだろうと推測します。

そんなデータを眺めながら(労安法の法定健診は簡単な項目ばかりですから結果が出た頃にはすでに帰宅しています)、この人はおそらく遠くない将来、何らかの病気で倒れるだろうと思いました。大した前触れもなく心筋梗塞や脳梗塞になるやもしれんし、高血糖に伴うケトアシドーシスとか意識障害とか心不全とか、それがなくても将来は人工透析だろう、と。

で、どうなのでしょう?そんな時、こういう人も労災認定を受けるのでしょうか? 従業員の健康管理は雇用者の義務なのだから、無理に病院受診させなかったのは会社の怠慢だとも云えるし、本人は「仕事が忙しくて」と云っているのだからこんな値なのに仕事を休ませなかった会社が悪い、と訴えたらやっぱり訴えが認められるものなのでしょうか? 個人情報だとは云え、会社からの依頼でうちで健診をしている以上、結果は雇用者に伝えられ、会社からも何らかの勧奨があっているはず。うちのスタッフの勧奨を拒否しているのと同様に、会社にも「大したことはない」「自分の勝手でしょ」と拒んでいる可能性はかなりあります。それでも、何か起きたら、個人の責任ではなくて会社の監督責任の問題になり、給料保証や治療費保証をさせられるのだとしたら、なんか理不尽だなあと思ったりします。

まったくもって、要らん世話ですけど。

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コピペ

先日テレビを見ていたら、「東大生の75%がレポートでコピペしている」という話をしていました。「東大生なのに」というインパクトを与えたいのでしょうが、まあコピペもセンスだから、継ぎ接ぎをきちんとできるのはアタマの良い証拠なのかもしれません・・・”きちんとできる”ならね。

ワタシも最近はコピペする機会が増えました。このブログでも面倒くさければすぐにコピペで1回分ごまかしたりすることは茶飯事。記憶力と語彙力が低下してきた昨今、自分のコトバで書こうとすると当を得たコトバが浮かばなくて自信がないのです。以前は、パソコンの画面を前にして紙にきちんと書き写してネタ帳を作ったりしながら、同じ継ぎ接ぎでも一回必ず文章構成を考えていたものですが、このコピペという作業が当たり前になると、単語の一つ一つを吟味したり接続語がこのままでいいのか考えたりすることがほとんどなくなった気がします。そんな文章だから、数ヶ月後に自分の書いた文章を読んでも「オレがホントにこんなこと書いたのか?」と驚いてしまう(まあ実際、自分の文章じゃないのだから当たり前ですが)。たしかにアタマを使っていない・・・「バカになったなあ」と実感する今日この頃です。

わたしが依頼される文章校正や記事内容チェックでいつも感じること(特に最近多くなった気がする)は、コピペで育ってきた若い世代の文章は総じて文章を理解していないということ。内容は合っていても(間違っていることも多い気はするが)つなぎ合わせる段階で起承転結になっていない。継ぎ接ぎするとしても文章全体の構成と何を伝えたいのかを自分のアタマでしっかり固めていないと、文章として成立しないということが、たぶん分かっていないのだと思います。『正しいこと』と『正しいこと』を繋ぐ時に接着方法を間違うと、できあがったものは『正しいこと』ではなくなる、というか、正しい、正しくないなどのレベルではない、意味のない文字の山になるということが分かっていないのです。もっとも、彼らがコピペする元の文章そのものがこれまた内容のないコピペ文だったりするからスカスカの内容でも致し方ないのかもしれませんが・・・。

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深夜フィットネス

最近は24時間営業のフィットネスジムが流行りだとかで、昨日は朝の番組で深夜にフィットネスジムを利用しているヒトたちへのインタビューをやっていたのを見ました。

仕事が多様化して夜遅くまで働くヒトたちにとって、あるいは昼間は仕事が忙しかったり急な打ち合わせや残業があったりして時間を自由に使えないヒトたちにとって、カラダを鍛えたいと思うなら深夜しかないというのはよく分かりますし、企業もそういうヒトたちのニーズに合わせて良いところに目をつけたな、と思うのですが・・・。

大丈夫なのかしら? 医者としてはニンゲンのカラダのことが気になります。「日頃が不健康だから、健康になりたくてこの時間に運動」「もやしのような貧相なカラダだったけど、この時間に筋トレができるようになって10キロも体重を増やせた」などというコメントを聞きながら、心配になっているのは、サーカディアンリズムの問題。ニンゲンのカラダは本来、夜は十分な睡眠を取り、その間に傷んだ細胞を修復したり、肝腎などの臓器を休めたり、あるいは脳内情報の整理をしたりするシステムになっているはずなのに、その時間帯にその逆のことを必死にやっている。さらに睡眠時間確保のためにほとんどすべての人が運動後に(たぶんシャワーなどを浴びて)すぐに床に就いているけれど、それは睡眠の質確保に逆効果ではないのか? 交感神経や副交感神経の日内リズムを完全に無視したカラダの酷使は、アタマで考えている以上にダメージを与えているのではないのか? 夜中に筋トレして朝から一日働いてショートスリーパーを決め込みながら、「充実した健康的な生活ができるようになった」と思い込んでいる現代人の生き方は、本当に『健康』なのだろうか?

専門家ではないから、単なる杞憂なのかもしれないけれど、深夜フィットネスジムのヒトたちが皆満足感に浸っているのが、返って心配でなりません。専門家の先生方にいつか質問してみたいものだと思っています。

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統合失調(*)の世界やん

映画『DESTINY鎌倉ものがたり』の番宣動画をテレビで見ていた妻が、

「こんなの全部、統合失調症(*)の話やん。統合失調症の人の目にはこんな風に見えてるんだろうなって思うよね」と平然と云いました。

「そお? ボクはこれ、面白そうやなあ、観に行ってみたいなあ、って思うけどなあ」
と云ったら、
「この光景を目の当たりにして平然としていられる人もきっと統合失調だね」
と断言する。

ちょっと反論しかけたけれど、よくよく考えたら、たしかにそうかもしれんと思い始めました。昔読んだ『家守綺譚』『ぐるりのこと』やその延長上には『となりのトトロ』にも共通するこういう世界観って、わたしはとても好きなのだけれど・・・そうか、これは統合失調の感覚なのか。

統合失調は、一般庶民である人間には異次元の病気のように見えるけれど、実は自分たちの世界とは比べ物にならないほどのすごく次元の高い所にある世界なのだと思っているわたし。誤解を恐れずにあえて書くならば、それはそれで憧れ。だからわたしは、そんな人たちとつながりたくて医学部に入ったんだったなあ・・・なんて、そんなことにまで思いを馳せた昨日でした。

(*)最初は実際の会話で使った「(精神)分裂病」の単語で書きましたが、今は「統合失調症」が正式な用語なので、それに書き変えました。

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粛々と師走

いつの間にか、師走になってしまいました。

しかも、今日からちと寒くなってきました。

職場の内部監査も一段落、1週間後の講演のスライド準備も一段落・・・。

ほんの少しですが、少しだけココロに余裕ができてきました。

だから、そろそろ、少しだけアタマを巡らすことを再開させてみますか。

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ちょこっとお休み

またまたちょっとモチベーションが下降気味。

書きたいことはたくさん箇条書きしているし、面倒くさいわけではないのだけれどl、どうも文章に仕上げることができません。

ということで、1週間ほどお休みしてみます。

御愛読いただいている方には、申し訳ありません。

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何をする?

社会の中に居ると、自分の行動が上手くいったとかいかなかったとかで一喜一憂する。それは自分の行動に対する評価を受けるから。

それでは、無人島に独りしかいない状態ではどうか? 誰かが評価するわけではないから、褒められない代わりに非難も受けない。だから、自分の好きなことを何でも好きなだけすることができるのではないか?という話を知人から聞かれ、わたしはそれなりにマジメに考えてみた。

でも、結論はすぐに出てしまいました。

たぶん、何もしない。なぜなら、何をやってもたぶん何も面白くないから。やったことを共有できる他人がいないと、何もする気になれない気がするんです。わたしって、本当にやりたことがないんでしょうかね。

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毎朝の日課

朝、勤務先の病院の裏口から建物に入り、ロッカー室まで歩いて行く途中に長い廊下があります。左手には中庭があり、そこに大きなハメ殺しのガラス。毎朝その前を通る時には廊下側の電灯が灯って明るいので、ほとんど鏡のように見えます。

と云うことで、毎朝リアルな自分の姿を左に見ながら出勤。「だれ、このオジサン?」と最初はギョッとしたものです。車から降りて痛くて伸びない腰を何とか伸ばしながら重い荷物を抱えて歩く自分の姿。想像以上に前のめりで猫背。少林拳を始めてかなり姿勢は良くなったと自負していたのだけれど、まだまだです。鏡に映る自分の歩き姿を見ながら、そっと背筋を伸ばし直して姿勢チェック。

一日が始まる時にこうやって我がフリ眺めながら姿勢の修正をするのが毎朝の日課になりました。この歳になると、こういう強制修正をすることはとても大事。何度でも、何度でも。

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有酸素運動と動脈硬化

最近、有酸素運動の人気がやや停滞気味。高齢者のサルコペニアやフレイル予防には筋トレが大事とか、10000歩以上歩くとかえって身体に悪いとか、そんなアンチテーゼ的な印象を与えるコメントが多くなっているのが原因だと推測します。だから、このデータは有酸素運動主体派のヒトたち(わたしを含めて)に力を与えてくれる気がします。

ウォーキングなどの有酸素性運動が動脈硬化を3分の1以下に抑える

ウォーキングなどの有酸素性運動を習慣的に行うと、動脈硬化を抑えられることが、産業技術総合研究所(産総研)による10年間の追跡調査で明らかになった。  運動習慣がある場合、そうでない場合に比べて加齢による血管の老化を抑えられ、その進行の度合いは3分の1以下になるという
有酸素性運動による動脈硬化の抑制効果が最大になるのは、活発なウォーキングやジョギングなどを週に4~5日、30~60分程度行った場合

動脈の弾力性を示すスティフネスの低下(動脈が硬くなる)を改善させる効果が習慣的な有酸素運動には認められる、ということなのだそうです。「そんなこと10年前から分かっているわ。一酸化窒素(NO)が関係するんじゃろ」と突っこみたくなりましたが、わたしは”動脈硬化を起こしやすい遺伝因子”を多く持っていることを知っています(調べました)から、『遺伝的なリスクがあっても、運動習慣があれば、動脈硬化を抑制できる』というコトバにわたし自身を元気づけることができました。面倒くさがらずにがんばれば、きっと報われると信じましょう。

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不便?

『不便』と『便利』が共存すると、ヒトはどうしても『不便』に目が行く! というはなし。

うちの病院の画像システムがバージョンアップしたおかげで、病院内ではサクサクと快適に検査や読影ができている様なのですが、わたしの働く部署のシステムだけが昔のままなので、スペックが追いついて行かず、毎日不具合の連続です。

そんな毎日の中で、担当者は日々奮闘してくれているわけです。そのおかげで、とても便利に修正してもらえた部分がある反面、前より使いにくくなった面も生じてきました。こんな場合、担当者は「便利になったことをもっと褒めてよ!」と思うのでしょうが、利用者は不便になってしまった部分の方が気になって、「どうしてこの不便な部分が問題なんだということに気付かないのか?」と不満を膨らませるだけ。この感覚の違いは立場の違いからくるものなので、どうしても埋まらない溝なのかもしれません。

でも、最終的に総括すると、利用者にとっては『改悪』という印象になってしまうのが常。世の中のいろいろなシステムの更新や制度の変更で起きる問題です。「前よりこれだけ便利になりましたよ」とPRする裏で、必ず「なんであの便利な機能をやめたの?」と批判が出て、結局「今回の変更は無駄な変更だった!」という批判を浴びせられるわけ。まあ、しょうがないですけど・・・で、ほんの数カ月するとすっかり慣れてしまって、それが当たり前になるわけでしょう。

うちもそんな日が早く来ないかしら。

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まめ太郎2017受け取りました

今年で4回目のまめ太郎チャレンジ。去年はちょっと慣れっこになってしまって目的は達成できなかった感があったけど、今年はどうなりますか。そんな魔法のライフコーダ『まめ太郎2017』を昨日受け取りました。

『まめ太郎』を身に付けるとそれなりの効果があるから、「それならずっと身に付けてたらいいんじゃないんですか」と云われるけれど、それはムリ。3か月の限定だから頑張れる。その感覚には変化がありません。ただ、慣れてきて、3か月限定でもあまりストイックに取り組めなくなっているのがちょっと気になります。1年目に10キロ以上減量できたものだから、「まめ太郎を身に付けさえすれば何もしなくていい」と勘違いしている自分が居るのは確か。

昨日測定の体重80.7kg、体脂肪率21.9%、脂肪量17.7kg、筋肉量59.7㎏

前回の最終測定値は体重76.2kg、体脂肪率19.1%、脂肪量14.6kg、筋肉量58.4㎏

ま、再び増えた4.5㎏の大部分が脂肪だと云うことと、心配していたほどは筋肉量が落ちていなかったことがわかりました。まだ正式には決まっていませんが、今回の行動目標考えてみました。

1.歩数8000歩:10000歩以上歩くと股関節が痛くなって足の裏が痛くなるようになったのと、散歩の友のワンが歳を取ってあまり長く歩けなくなったから、ちょっと短め目標に変えました。

2.ウエストのシェイプアップ:体重減少は必要ないが腰回りをスッキリさせたい。そのための体幹トレーニングを今回こそ毎日行いたい。

3.夕食前に酒を飲まない

4.仕事帰りにコンビニに寄らない

5.うたた寝しない

6.23時までに就寝

ここまでは昨年までとほとんど変わらないので、何か新しいものをと考えてみたのは、

7.姿勢の確認を朝昼晩3回行う:年寄りの象徴=猫背にならないようにしたい

8.毎日最低1つのゴキゲンなことを見つける

さてさて、どうなりますことやら。

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我慢

『我慢(がまん)』と云えば「辛いことを耐え忍ぶこと」ですが、元々の由来である仏教用語としての『我慢』の意味は全く違います。

煩悩のひとつで、強い自己意識やプライドからくる慢心のこと・・・『我に執着し、我をよりどころとする心から、自分を偉いと思っておごり、他を侮ること。高慢』と解説されています。

4つの煩悩=四漫(増上漫・卑下漫・我漫・邪漫)

うぬぼれのこころ=七慢(慢・過慢・慢過慢・我慢・増上慢・卑慢・邪慢)

漫=自分より劣った人を上から見下す心、傲慢

ほーら。だからね、我慢強いことは決して良いことばかりじゃないのよ。生活習慣病の行動変容を促すときにみんなが使うことばが『我慢』ですけれど、「我慢の先には健康はない」といつもわたしが云ってきたじゃないですか。我慢は傲慢、「うぬぼれの心で意地を張ることなんだ」と思えば、我慢なんかしなくなれると思う。”欲を得るために漫を捨てる”は、仏教的には本末転倒なのかもしれないけれど、この屁理屈、なんか気に入ったから、今度の講演で使っちゃおうかな。

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禁煙何年で喫煙歴ゼロと同じ?

日本の喫煙者のがんリスク、禁煙何年で喫煙歴ゼロと同じに?

日本人のがん罹患リスクは、男性で21年以上、女性で11年以上禁煙すれば、喫煙歴のない人と同レベルまで低下することが、東京大学の齋藤 英子氏らによる研究で明らかになった。男性では、20 pack-year以上のヘビースモーカーにおいても同様の結果であるという。早いうちに禁煙することが、がん予防への近道であると考えられる。Cancer epidemiology誌オンライン版2017年11月2日号の報告

CreNetに紹介されていた記事を読む。本数は検討されているけれど禁煙開始までの喫煙年数は書かれていません。ただ、これをどう読み解くのか? 「影響をゼロにするにはそんなに多くの年数を要するのか」と落胆し、「じゃあ、今さらやめても大差ないかな」と云い訳の方に持って行くのか、「そんなに大変ならさっさと止めちゃえ」と持って行くのか。あるいは、「どんだけ吸っていても吸ってないときと同じレベルまでになれるんだ」ということに感動するのか。

これは・・・非喫煙者は禁煙指導に利用できると思うかもしれないけれど、喫煙者は諦め理論の根拠に利用するのが必然でしょう。かといって、もしも逆に5年くらいでご破算にできるなんて結果が出たら、やめる人が増えるどころか、逆に「いつでもやめられるわ」派が増えるだけでしょう。

いつかはやめようと本気で考えている誰かがこれをみて、実行のきっかけになってくれるといいですね。ちなみにわたしの齢で禁煙に踏み切ると、がん罹患リスクが普通と同じになるのが80歳・・・そこまで生きてないだろうなあ(笑)

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アテンダントさん

身内の手褒めみたいで申し訳ないですけれど、うちの職場のフロアアテンダントのお嬢さん方は、若いのにとても優秀です。

なにしろ大勢やってくる受診者の皆さんの道先案内人。決まった順路に従って決まったように進ませるのではありません。空いている検査を確認してバランスよく各々違う所に案内するのです。何かとクレームを云う人もいるし、どうしたらいいか分からず途方に暮れている人もいます。予定していた検査が予定通り進まない時もあれば、予定していた医者が急に休む場合も少なくありません。医師に結果説明をお願いしようとしたら「わたしはイヤ」と門前払いを食らわされることもあります。そんな日々、何事もなかったかのようにスムーズに流れて一日が無事に終われるのは、ひとえにこのアテンダントの皆さんのおかげなのです。彼女たちが夕方遅くまで翌日の計画を綿密に立てているのを知っています。

何年も居るベテランさんに指導を受けた若いお嬢さん方が本当に優秀なので日々感心している次第です。理不尽なことを云われてもきちんと対処し、顔色ひとつ変えずにいつもニコニコして臨機応変に捌いていく。よく考えたらわたしたち医師はいつも彼女たちの小さな掌の中で踊らされているわけですが、それが心地いいと感じるくらいです。どうして一人も”ダメな子”が居ないのか、そんなにまでして頑張れる理由は何か、最近はそんな思いで彼女たちを眺めています。もちろん、何人もの人が短期間で辞めて他の仕事に移っていきましたから、自然淘汰されて残った人たちであることは確かなのですが、それでも、一人か二人は”できない子”がいて、周りがそれを上手くフォローするというのが普通の会社。おそらく病院の看護師さんや技師さんや事務職たちの集団には必ず居るはずです。

仕事をする上で万事を彼女たちに任せられるというのは、とても楽です。本当に良い環境で働かせてもらっています。唯一の悩みは若い女性たちだから、結婚や出産や夫の転勤で居なくなってしまうだろうということ。

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低体温

「体温が35度くらいしかないんです。どうやったら、体温を上げられますか?」

先日、健康相談に来た70代の女性の相談はそんな内容でした。

「何か体調でもわるいんですか?」
「いいえ、とても元気です」
「なのに、今の体温が不満ですか?」

そう聞いたら、「こないだテレビでやってたでしょ。『体温が低いと免疫力が落ちてがんになりやすい』って。体温が1度下がるだけで免疫力が〇%落ちるって云ってたのを聞いて怖くなって。テレビでいっていたとおりに運動したり生姜を食べたりしたけど、体温が上がらないんです。あと、どんなことしたら体温が上がりますか?」と切々と語られました。

困ったもんです。テレビの健康番組で云っている理屈は正しい。でも、こうやって必要もなく悩む人がたくさん出てきているであろうことをもうちょっと配慮して番組を作ってほしいです。ターゲットになっている主体は最近の若者でしょう。空調管理や食事のバランスの悪さ、あるいは運動不足などで自律神経がちゃんと働けなくなっている若者たちの平温は、たしかに低いと思います。彼らはもう少し代謝を上げてやらないとがんだけでなく簡単に感染症になったりしますから、代謝を上げるための生活の注意はしっかりすべきでしょう。高齢者もまた動くのが億劫になって家に引きこもり、筋肉が落ちてきてロコモやサルコペニアの問題に派生する可能性もありますから、代謝を上げる努力はするに越したことはありません。

ただ、日頃からそんなこと普通にやっている人たち(こんな人たちの方がかえって健康に気を配るのでこういう番組を見るのでしょうが)がさらに気をつけても上がらない体温は、上がらなくて正解なのだと思います。このカラダにはこの体温でいいとカラダが判断しているから上がらないのに、「がんばっても体温が上がらないので自分はがんになりやすいのではないか」と悲観させてしまうなんて、なんか悲しい限りです。

みなさん、くれぐれも、『健康』に押し潰されません様に。

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腎結石とがん死亡

再発腎結石はESRD、死亡の高リスク

腎結石は末期腎疾患(ESRD)および心血管イベントのリスクの増加と関係する』と云われており、『初発ではなく再発の症候性腎結石患者は末期腎疾患および死亡のリスクが高いこと』などをアメリカMayo ClinicのTsering Dhondup氏らが報告した、という記事もMedical tribuneで紹介されていました。

つい数日前にも結石が排石されたばかりのわたし。高校卒業後から尿管結石は何度も経験し、一晩に左右から落ちたこともあれば、年に3回も4回も排石された経験もあります。となると、わたしは、『再発の症候性腎結石は、より高い死亡率、特にがん死亡率と関係する』というやつに当てはまるわけで、腎臓がんと尿路のがんに注意が必要だということなのでしょうか。たしかに若い頃に生命保険に入ろうとしたらに、「尿管結石の既往がある」というだけで、がん保険には入れなくて、「何の関係があるんだよ」とアタマに来たことがありました。あれは、決して的外れではなかったということでしょうか。

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慢性腎臓病と身体能力

Medical Tribuneの配信記事にCKD(慢性腎臓病)の指標であるeGFR(推算糸球体濾過量)と身体機能についての記事が2つまとめて出ていました。

CKD患者の身体機能に歩幅が関連

eGFR低下は身体機能を左右しない

基本的に欧米人のデータなのであまり深くは読む気にはなれないのですが、CKD患者の運動障害や身体機能障害が合併症や死亡の要因となるため、『身体機能低下の予測因子は高リスク症例の早期発見を促す可能性』があるというのは周知の事実。そして、その予測因子に歩行速度だけでなく歩幅も重要である(『歩幅が狭いことが身体機能の低下や転倒のしやすさと関連する』)という報告をしたのがアメリカAlbert Einstein College of MedicineのMatthew K. Abramowitz氏らです。「で、だから何?」と突っこむのがわたしの趣味。要するに、「CKD患者さんはできるだけ意識して歩幅を広くさせながら早足で歩くように指導しなさい」ってことなの?

何か違うんじゃないの?と思ったところでもうひとつのアイルランドからのコホート研究の報告(Trinity College DublinのMark Canney氏ら)です。『高齢者ではeGFRが低値であるほど身体機能検査の成績が悪い』ことは分かっているが、これは腎機能が下がるから身体機能が低下するのか?という検討。背景因子で補正したらeGFRの程度が高くても低くてもリスクに差はなかったという結果が出たそうで、要するに「この相関関係は結果であって原因ではない」ということがわかったということなのだと思います。ま、そらそうでしょうね。「だから何?」という点では同じですかね。

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赤属性

うちの施設では、いろんなトラブルがあった受診者を『赤属性』といいます。説明画面の中にある属性項目が赤色に換わっている場合は、「こっそり注意事項を読んでおきなさい」というもの。もちろん、中身は千差万別・・・アレルギー情報や以前の検査で貧血を起こしたなどというものもあればクレームを毎回云われるとか突然キレるとか、そんなものまで。

で、この後半の部類の赤属性の人が来るとかなり緊張するのですが、それでも最近こういう人は本当に少なくなった気がします。そもそも、事務方のお嬢さんや保健師さんたちには上から目線の高飛車な態度でクレームばかり云うのに、医者の前では手のひらを返したようにニコニコして従順に話を聞く人は少なくありません。

それを考慮しても、10年前に比べると明らかにそういう連中は減りました。診察室に不機嫌きわまりない態度で入ってくる人も少ないし、突然しつこく文句云う人も少なくなった。どうしてなのだろう、と考えてしまいます。経年的に自然淘汰された(そういう連中は受診しなくなったとか毎年のことだから諦められてしまったとか)可能性もあれば、経験数が増えて自分の対応の仕方が上手くなった可能性もあります。でも、世の中ずっと続いているものというのは、どこもこういうものなのかな。

どっちにしても、いいこと。

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LDLと感染症

出た出た。「超善玉ホルモン(長生きホルモン)ことアディポネクチンが多いと骨粗鬆症になりやすい」と云うデータに続いて、今度は「LDLコレステロールが多いと感染症になりにくい」と云う報告。

LDL-Cは血液透析患者の感染症リスクを低減

これは血液透析患者に限った検討ではありますが、『LDL-Cは細菌性毒素の吸収および不活化に働いて、先天免疫に関与している可能性が考えられている』という理論は普遍的な内容なのでしょうから、生命予後には有意な関連はないにしても、一般人でも「LDLコレステロールを減らすと感染症になりやすい」可能性はあるのではなかろうか。

『血液透析患者における動脈硬化性疾患ではLDL-Cよりも炎症の関与がより大きく、炎症そのものや細菌性毒素などが炎症を起こすプロセスの抑制がより重要な可能性がある』というコメントは重要な示唆だと思います。

というか、やっぱり生き物のカラダに存在するすべてのものには大事な役割があって、「少なければ少ないほどいい」なんてものは存在しない(そんなものがあるなら最初から消えてなくなるはず)し、「多ければ多いほどいい」というものも存在しない(そんなものがあるなら最初から増量し続けるようにプログラムされるはず)という当たり前の摂理を、世の中のすべての者があらためて認識すべきであるということを示していると感じています。

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達観した子ども

Infants make more attempts to achieve a goal when they see adults persist.
(大人が粘り強いのを見ると幼児は目標を達成しようとする試みを多くする)

毎月、日本ポジティブサイコロジー医学会の会員宛に配信されてくるメルマガの10月号の中にこういう論文が紹介されていました。Science 2017,357に掲載されたもので、生後15か月の幼児に対して、大人がいろいろ試行錯誤しながら目標達成のために粘り強く努力している姿を見せると、大人が楽に目標達成できている姿を見せる場合に比べて、その後自分に課せられた新しい課題を克服しようと試行錯誤する態度が強くなることが分かったそうです。紹介と解説をしている京都大学の高橋英彦准教授によると、子どものうちから周囲の大人(特に親)が目標に向かって努力を重ねている姿を見て育つと、努力することの普遍的価値を見出して、新たな課題に直面した時に粘り強く試行錯誤を繰り返す姿勢が強まることを示しているとのこと。

そんなサマリーを読みながら、すぐに違うことを考えてしまうわたし。「人生、努力するココロを持って貪欲に頑張ることが大事なんだぞ」ということを、幼少の頃から身に付けていることが、人間のココロの成長を促し、将来の成功につながるのだということに納得する一方で、物心ついた頃から、邪念を持つことなく一切の欲も抱かずあるがままにすべてを受け入れる聖人のような生き方をする親の姿を観て育った子の価値観はどうなのかしら? 仏陀やキリスト以上のカリスマが育ったりしないのだろうかと、今のわたしはそっちの方がはるかに興味があります。

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