インスリン抵抗性のこと

先日受診したアラフォー女性の空腹時インスリン値が41.8(正常は2.7~10.4)、HOMA-R 11.0(正常は0.0~1.6)だったのにスタッフが驚いて、「この人は糖尿病でもないのにどうしてこんな高値になるんですか?」と質問に来ました。「わたしは糖尿病の専門家ではないのでようわからん」と突っ返しましたが、まあ、インスリン抵抗性が強いことを示す上ではそう珍しくない値なのではないか(健常者しか診ていないし、いままで健診項目になかったからなじみが少ないだけではないか)と感じました。

『インスリン抵抗性』というのは、そもそもインスリンの持つ本来の機能が筋肉や肝臓や脂肪細胞内で十分発揮されずに効率が悪くなって結果としてインスリンが過剰分泌されている状態です。だから朝のまだ何も食べていない状態でもすでにインスリンが大量分泌しているわけです。HOMA-Rという値はその程度を空腹時血糖とその時のインスリン値で計算して割り出す指標です。ちなみに、日本人に多いインスリン初期分泌不全の程度はHOMA-βなどで確認できるそうです。

一般的に、インスリン抵抗性の原因は運動不足と肥満だと云われていますし、メタボリックシンドロームの基本メカニズムとして捉えられていますから、高血圧、糖尿病、脂質異常(特に高中性脂肪血症)、脂肪肝などが関わってきます。だから、治療は運動と低カロリー食(食事療法)でやせることだ、と教科書には書かれています。ところがこの女性は、体型はスリムで筋肉質。たしかに食後高血糖はありますしHbA1cは正常上限をちょっと超えますが、空腹時血糖は正常で高血圧も高中性脂肪血症もありません。運動不足だと自戒してはいますが、日頃から身体を使う仕事をしています。

理屈は分かったとして、この人に一体何をアドバイスしたら良いのでしょう?せいぜい「生活リズムを整えて十分な睡眠を取りましょう」「良く噛んで食べましょう」くらいしか思いつきません。何か良いアドバイスをご存じの方はぜひ教えてください。

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読まない

「あら、先生、また面白そうな本をゲットしたみたいですね」

悪名高いAmazonさんの宅配で買って積んでた本(『腸科学』とか『テロメアエフェクト』とか)を、よく我が家を訪れる妻の昔の同僚が見つけて声をかけてきました。例によって、最後まで読まないかもしれないのに、つい面白そうでプチっとやってしまったやつ。

「面白そうでしょ。読んだら貸してあげようか?」と答えたら、「いや、それはいいです」と即答。「先生読んだら、その内容を簡単に教えてください」って。自分で読んで、自分で理解しようなんて気はさらさらないんでしょうな。まあ、かく云うわたしも、実は適当なところでやめて彼女に貸してあげて、内容を聞けたらラッキーかなとか、思わなかったわけでもないですけどね。

たしかに、有名な先生の人気の著書を買って読むよりも、その著者の先生の講演会とかセミナーとかで説明を聞く方がはるかに理解できる。うん、そりゃそうだな、と納得します。

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腹が減ると眠くなる

「どうしてだろう、異常に眠いんだよね」と云って、二週間ほど前の土曜日の昼下がりに妻が仮眠を取りに寝室に上がって行きました。こういう場合、最初に注意すべきは睡眠時無呼吸症候群なのでしょうが、夜の様子が以前と変わった印象はありません。もっとも真夜中の睡眠事情は間違いなくわたしの方が悪いはずで、自分も寝てしまっているので正確なところはわかりません。

でも、今の彼女を襲っている原因として一番可能性が高いのは、明確な低炭水化物ダイエット(ケトン体ダイエット)だと思います。炭水化物は文字通り炭と水ですので単純にエネルギー源となります。低炭水化物ダイエットはそのエネルギー源を入れないことで、脂肪を燃焼させて新たなエネルギーを作り出す作業です。彼女の場合、ちとエネルギー源が不足し過ぎているのだと思うのです。

それはそれで良いとして、「睡眠の質を上げるためには寝る前にあまり食べないのが基本です」と云うと、「腹が減ったら眠れない。たらふく食ったらすぐに眠くなるけど」とよく反論されます。でも、それは間違いです。アタマが否定させようとしているだけ。血糖値を上げてしまうと睡眠を促すホルモン系が出なくなってむしろ自律神経系が高ぶってしまいます。食わずにエネルギー源が少なくなれば、カラダは無駄なエネルギーを使わないように制御し始めますから、必ず眠くなるはずなのです。腹が減ってイライラして眠れない人は、駄々をこねてなんとかしようとしているお子ちゃまアタマの持ち主なのだけれど、それでも何日か我慢しておけば、すぐに観念してがっつり良い眠りができるようになると思います。そうなると、朝は腹が減って目が覚めて、美味しくガッツリ朝食を食べて、活力ある1日を始められることでしょう。めでたし、めでたし。

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ピロリ菌のいなくなった体内

先日ちょっとここで紹介した腸内フローラの入門書(と云うか専門書)である『腸科学』を読み進めていて、ひとつ気になったことがあります。それがピロリ菌に関する記述の部分です。

今は、ヘリコバクターピロリ菌が胃潰瘍や胃がんの原因菌であり、ピロリ菌がいることが証明されたら直ちに除菌対象にされる時代です。日本では、萎縮性胃炎や潰瘍があってピロリ菌抗体が陽性であることが確認されたら、健康保険を使って除菌治療を受けることができます。欧米では親になる前に除菌することで将来自分の子どもに引き継ぐこともなくなろうとしていると聞きます。『悪玉菌』のレッテルのもと、わずか数十年で腸内から絶滅の道をたどらされようとしています。日本でも、中学生全員にピロリ菌抗体検査を行う自治体が出てきています。

これによって、今の子どもたちから胃潰瘍や胃がんになる人が有意に減ることが予想されます。人間界の勝利に見えます。でも、もともと必要のない菌は体内にはなかったはず。ヒトと何万年も共存してきたこの細菌にはどうも免疫系のバランスを最適に保つ働きがあるらしいことがわかっているらしい。これがないと免疫系は攻撃すべき標的の見分け方がわからなくなると云う。実際、生まれた時から一度も胃の中にピロリ菌が存在したことのない子どもたちに喘息やアレルギーを発症する例が増えているのだそうです。

花粉症や喘息になるのと胃がんになるのと、どっちがいいか?などということを論じ合うことにさほどの意味はないでしょう。でも、ヒトと太古の昔から当たり前に共存してきた細菌は山ほどあり、ある時突然正義の使者を名乗る刺客が現れて、「お前は悪いヤツだから生きている価値がない」と云い放たれて絶滅させられてしまう。「あの子がいたから、平和を保てていたのに」と残されたモノたちが嘆き悲しむ・・・そんな事件、これからたくさん出て来るんじゃないかしら。そうだとしたら、なんか、とても寂しく不安な流れという気がするのです。

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価値ある財産

連載している機関誌の春号が発行されました。今回はこんな内容にしました。これが発行されると、また1か月後に〆切りがくるなぁと追われる気持ちになります(笑)

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『価値ある財産』

私が救急医療の現場から予防医療の世界に移る決心をしたのは、修繕屋の仕事に限界を感じたからでした。毎晩のように真夜中に救急車で運ばれてくる急性心筋梗塞の患者さんたち。直ちに緊急治療が始まり、血と汗にまみれながら「心臓が蘇った!」と歓喜する頃には夜が白々と明け始める・・・そんな激しくも充実の毎日の中で、ふと虚しさを感じ始めました。生きるか死ぬかの戦いに勝ったとはいえ、所詮は大きな身体の中の心臓という小さな臓器のその表面にある微細な血管の高々数ミリの詰まりを補修したに過ぎません。そんなことで喜んだところで、周りの血管の多くも詰まる寸前でしょう。もっとずっと前から何かを始めなければ後手後手の人生になってしまう。そうならないための道標になる仕事をしたい。そう思ったのです。健診の世界に来てみたら、現代人の血管は想定していた以上に蝕まれていて、さらに愕然としました。

ところが、そんな想いで働いてきた私が今また大きな壁の前に立っています。「本当にこれでいいのか?」と自問自答。人間は健康になるために生まれてきたのではない。病気にならないことが成功だとは言えないし、逝く前に「良い人生だった」と思えるのは病気にならなかったかどうかではない。それなのに世の中の皆さんが健診結果に過剰に反応し、テレビの健康番組ばかりを食い入るように見て、病気になることを恐れてビクビクして生きている。この光景を見るのは私の本意ではありません。健診は過去の自分の反省会ではなく、今の自分を知ってこれからの自分を考える場のはずなのです。

歳とともに新しい異常が見つかる頻度は増します。大病を患ったわけではないけれど、元に戻らない身体の劣化にショックを受けます。私にもそんな“壊れゆく自分”に不安を抱いた時期がありました。若い頃は病気や怪我が治れば元に戻るものだと思っていました。それが治っても元に戻らない、あるいはもう治らないと分かると同時に押し寄せてくる絶望感に似た挫折の感情。「病気になりたくない」という思いは、これの延長上にあるのかもしれません。でも、この不具合も含めてすべてが今の自分。そんな今の自分を好きになってほしい。形あるものは必ず壊れるのだけれど、初めに準備された形が人間の完成形ではありません。いろいろな修正や手垢や付け足しがあって、最後にできあがった自分こそが唯一無二の完成品だと考えるならば、失っていくものばかりに目を向けず、なくなったものを補うために成長してきたもの(身体だけでなく心も含めて)を価値ある財産として大切にしてもらいたい・・・最近はそんなことを考えながら働いております。

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HDLの質

今や一般の皆さんもご存じの”善玉コレステロール”ことHDLコレステロールについて、最近はその量よりも質が大切だというのが常識になっていますが、ご存じでしょうか。「HDLはただ多ければ良いというモノではない」ということです。

HDLコレステロールに動脈壁からコレステロールを引き抜いて肝に運ぶ作用があるのは有名ですが、この引き抜き作用の他にも、抗酸化作用、抗炎症作用、抗血栓作用、細胞保護作用、血管拡張作用など多彩な効能があって、併せて”善玉コレステロール”と呼んでいます。ところがこのHDLはメタボや糖尿病などの存在で徐々に大きさや構成内容が変化してきて本来の機能を発揮できないものもあることが分かってきました。

そんなHDLの状態と病気の関係を、長浜市と京都大学の共同で行われている『ながはまコホート研究』の分析から明らかにされました。「小型のHDL3よりも大型のHDL2のほうがインスリン抵抗性の増大や2型糖尿病の発症リスクの予測能に優れる」というもので、要するに「HDL2-C値が高値なほど2型糖尿病の発症リスクは低下していることがわかった」そうです。

わたしたちが知っておくべきことは、HDLコレステロールにはいろいろな種類があり、運動などで増加する”本物の善玉”はHDL2であるということ、酒を飲むと増加するHDLはHDL3が主だから「酒を飲めば飲むほど”善玉”が増える」は本当なのかどうか不明であるということ。あ~聞きたくない。わたしのHDLコレステロール値はここ10年で100mg/dl近くまで上昇しています。これは酒のせい(HDL3)ではなく運動をしているせい(HDL2)だと思いたいところです。

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仕事中は若い

わたしは若作りの方だと自負しているのですが、わたしだけでなく、うちの職場はドクターもナースもみんな若い。わたしと同い年のドクターとか、わたしが研修医の時から一緒に働いているナースとかたくさんいますけど、一様に世間の同世代より若く見えると思います。

でも、それがひとたびプライベートになると途端に年相応に近づいてしまうのはなぜでしょう。白衣やユニフォームのもたらすマジックでしょうか? それとも日ごろの服が年寄りくさいのでギャップを感じてしまうのでしょうか? 何しろ、若いころからユニフォーム姿は見慣れていますから、よほど大きく体型が変わらない限りわたしの中ではみんな昔のまま。みんなで平行移動しているだけなので、若い頃の感覚のまま。多少のシワやシミや白髪は目に入りません。でも、職場を離れると皆家庭の中の一人になります。おとうさん、おかあさんを経て、おじいちゃん、おばあちゃんへ。どうしても家庭の役割の中に戻るとその役どころに変わっていく、それもまたやむなしか。うちのように、とうちゃんにもじいちゃんにもならないまま夫婦で平行移動していると、家庭内の役割も結婚当時のままなもので、身体の老化に精神の老化がついて行ってないところがあるのもまた、やむなし。おかげさまで、わたしはプライベートになっても30代の頃に着ていた服を引っ張り出して着たりなんかする。それに対して妻は、「みっともないから、やめなさいよ!」とか云ってはくれない。困ったものです。そんな若い頃の服がよく入るな、って? はい。当時の方がはるかにデッカい身体でしたから。

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ペット

『PET検査はどれくらいの間隔で受けるのがいいでしょうか?』

先日、うちの常連の人間ドック受診者の男性に相談されました。基本、わたしはPET不要論者なので、「受けなくていいんじゃないですか」と即答してしまって、怪訝な顔をされました。だから、「うちの売り上げを確保するという営業的な意味では3年〜5年ですかね」と云い足して、一層顰蹙を買いました。

PET(ポジトロンエミッショントモグラフィ)は陽電子放射断層撮影ともいい、細胞の生理活性に近い作用のある放射性物質を体内に注入して本来入るべき部位に入り込んだものを撮影する検査です。世間では、FDG-PETをPETだと勘違いし、さらにもともと心臓や脳の糖代謝を描出して虚血を診断するために開発されたFDGをまるでガンを早期に発見するために特化した薬剤だと思い込んでいる人も多いようです。設備も薬も高いし、注射した薬がすぐに代謝されて消えていくものなので、本来は研究室レベルの最先端の研究をするためのものでした。

まあ、理屈はどうでもいいし、どう誤解してくれてもいいのですが、高い金を払う割に決して早期のガンを見つけ出すのに万能の武器ではありません。特に人間ドックのように各臓器を標的にした検査をたくさん受ける人にとって、さらにPET検査を受けることにどれほどの意義があるでしょう。「そこに異常がなければこれから半年以上は太鼓判を押せます」というものではありません。3年とか5年とかいう数字にも何の根拠もありませんから、単なる自己満足と営業収益以外の何者でもありますまい。それなら毎年したらどうか? 受けるのは勝手ですが、あくまでもその前1年間の成績発表でしかなく、進行の早いガンなら数ヶ月後には手遅れにさせます。

バブルの頃に、都会の金持ち集団相手に始まったPET検診ですが、あくまでもこの検査はスクリーニングに使うものではありません。症状や異常所見があるのに正体がわからないとか、どこかに見つかったガンの広がり具合や転移の有無を確認するとか、そういう使い方をするために、研究室から臨床現場に引き出されてきた検査なのです。そこのところをわきまえて利用することをお勧めします。

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医者の本分

「もう半年近く咳が続いているんです。あちこちの医療機関に行きました。ここの病院にも受診していろいろ調べてもらいましたが、どこも悪くないっていうんです。どこか、いい病院を知りませんか?」

人間ドック受診者の男性からそんな相談を受けました。「またこれだ」と思いました。最近の医療現場は、みんな最初から高度な検査をして、その結果を見て目立った所見がないと「特に問題ない。とりあえず様子を見よう」と患者さんを突き放す。興味がないというか、何をしたらいいのかわからないのかもしれない。下手なことをして悪化させようものなら医療訴訟だし、できたらこのままフェードアウトしてくれないかな、とか思っている医者はいないとは思いますが・・・。これは、画像診断機器の著しい発達と検査方法の確立と系統だった西洋医学の診断システムがきちんと教え込まれた証とも云えます。今時、聴診器と触診だけでブラックボックスの中身をまさぐるような診療をしていると、同業者からもヤブ扱いされかねません。

でも、この高度な診断技術をしても咳の原因がわからないとして、受診者さんの最大の希望はこの頑固な咳から解放されることなのだから、本来はここから先が医者の医者たる存在価値のはず。医者の本分は、病気を診断することではなくて病気を治すこと、そういう風に考えてこれまでやってきました。だから、予防医療の分野に身を置くようになった自分はニセ医者だと云ってまわっているわけです。

ただ・・・ここでふとした疑問。この受診者さんの云う「いい病院」て何だ? 『ちゃんと症状を改善させてくれる医者のいる病院』というのではなくて、もしや『ちゃんと原因を突き止めてくれる病院』『もっといい検査をしてくれる病院』という意味だったりしないだろうか。患者側もまた、『医療の質はいい検査をするかどうかで決まる』『原因がわかってこその治療』という概念を常識として刷り込まれている現代社会・・・なんか違う気がするのですが。

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伝達事項

色々な行事告知が一斉メールでやってきます。必須の委員会から講演会のお誘いまで、自分に関係ないものも大量に含まれてやってきます。そして、委員会の当日、委員の一人が顔を表さない。担当者が電話してみると「忘れていた」という。「あれだけ前もってメールで詳しく伝えていたのに」と担当者は思うのでしう。

そんな光景を眺めながら、それはしょうがないなと思う今日この頃。情報を発信する側は1つだとしても、受ける側はそんなあちこちからのメールがまとめて多数やってくるわけで、受ける側はそれを意識的に優先順をつけることになります。その時、遠い先のことだから後回しにされたんでしょうね。そんなもの初めに連絡した時にメモしておけばいいことじゃないかとか云わないで、どうしても伝えたければくどいくらいに何度もメールで知らせてください。こんな輩は1ヶ月前と1週間前だけでは忘れます。前日と当日の朝にも出しておかないと読まないかもしれない。それでも怪しいような常習犯ならさらに電話で確認。

「大の大人なんだから、そこまでしなくても」「そこまでしないとできないのは常識がない」などと思っている限り、伝えたい情報は伝わらない。担当者になったら、その程度の覚悟は持った方がいいと思います。新年度になってフロアにあふれている大量のフレッシャーズを眺めながら、ふとそんなことを思った次第です。

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タバコと肥満児

親が喫煙すると子どもの肥満が増える

子どもの頃に親がたばこを吸っていたら過体重・肥満率が高くなり、室内で喫煙する親の子どもの方が室外で吸う親の子どもより過体重・肥満率が高かった、という結果を厚生労働省が「21世紀出世児縦断調査」から報告したそうです。

さて、これは単なる相関関係か因果関係か? そこに言及されていないからよく分かりませんが、わたしは子どもの頃に超肥満児で、わたしの父はたしかにスモーカーだったなと思ってはみるものの、関係ないでしょ。親がたばこを吸うと子が喘息になりやすいとかアレルギーを起こしやすいとか発達が遅れるとかキレやすい子ができるとかそういうのは以前から常識ですし、因果関係は明白だと理解できますが、「親が」という定義は両親のどっちかを限定していません。日頃一緒にいる母親が喫煙者なのかほとんど顔を合わせない父親が喫煙者なのかとは関係ないということになりますから、室内と室外の差(受動喫煙の有無)について言及してはいるものの、決してタバコの副流煙の曝露量との関係を明確にしているとはいえないことになります。

今時だから、喫煙に頓着せず、特に子どもの影響がどうのこうの考えない親は低所得者層に多く、食べ物の質を考える余裕がなくてファストフードや栄養バランスの偏った食べ物を食べさせていることが関与しているのかもしれないとも書かれています。

そうなると、さて、この厚労省の報告は医療現場にどう活かすことができましょうか? 「禁煙したら子どもが肥満児にならない」というモノではないから、禁煙指導の材料にはならないでしょうし、ワーキングプアから脱却できたら禁煙できる(あるいは禁煙したらワーキングプアから脱却できる)というモチベーション作りにもならない。せめて喫煙者限定で「自分の子どもたちの食生活だけは気を付けてほしい」と強調することでしょうか。

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やっぱり王が好き

むかし、ONという伝説の名選手がいました。Oは王貞治、Nは長嶋茂雄、読売巨人軍の最後の黄金期を支えた二人の英雄です。「そんなこと、知ってるわ」 って、ツッコミありがとうございます。

天才肌の長嶋と努力家の王と云われてきていました。どちらも名選手なのだけれど、私の周りには圧倒的に長嶋ファンが多く、「長嶋をキライという人は見たことがないけれど、王はキライ」と云い切るジャイアンツファンは少なくないみたいです。

でもわたしは、ことごとくの事柄において長嶋茂雄より王貞治の方が好きでした。プロ野球にも巨人軍にも興味がなくなったのは王貞治がいなくなったからだし、今でも唯一応援しているソフトバンクも王さんが絡んでいるからに過ぎません。いや、なぜそうなのかということをこんなところで書き並べるつもりもありませんが、概ねわたしの人生の中で、尊敬したり憧れたりした存在はいつも王貞治型の人だった気がします。ちょっと考え方が硬過ぎて歪んでいると思うところもありますが、誰がなんと云おうと自分の考えは絶対に曲げない頑固さも悪くない。

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メタボと硝酸塩

カロリーの摂り過ぎでなくてもメタボを誘引

野菜摂取量は全国最下位レベル、メタボリックシンドロームの有病率は突出して全国第一位、急性心筋梗塞の有病率も全国トップレベルにあるという沖縄からの研究報告が欧州糖尿病学会(EASD)発行の医学雑誌に掲載されたという情報です。

『野菜に含まれる硝酸塩などが不足した食事を長期にわたり続けると、たとえ食べ過ぎやカロリーの摂り過ぎでなくても、メタボリックシンドロームを発症し、心臓病を併発して早死するおそれがある』ということだそうです(琉球大学大学院医学研究科薬理学の筒井正人ら)。それでもって、食事で摂取する硝酸塩の60~80%は野菜に含まれるから、ホウレンソウ、レタス、サニーレタス、サラダ菜、春菊、青梗菜などの緑葉野菜を積極的に摂ることが重要だということを実証した研究データのようです。

最近は、葉物野菜だけ食ったところで栄養素の補給が不十分だとか、野菜の繊維質を摂ることでは糖尿病の血糖コントロールにはあまり影響がない(穀物線維が重要)とか、とかく単なる『野菜』の風当たりが微妙に強くなっていたところですから、葉を食うことの重要性を示してもらって良うございました。たしかに沖縄県民は野菜を食いません(というか、沖縄で食べ物屋に行ってもあまり葉っぱ頼みません)。でも、ゴーヤチャンプルとかは沖縄の食べものでしょ?昔からの沖縄県民はこんなの食っているから大丈夫だったとか?

正直云うと、この研究報告から何が起きるかというと、全国で野菜の消費量が増えることよりも硝酸塩を含むサプリが急に売れ始めるのではないか、と感じているのはわたしだけでしょうか。

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権利と義務

「◯◯先生は、9時から勤務の契約なのに診察室に9時にやってくるので、実際の業務は10分くらい遅れて開始せざるを得ません。先生から◯◯先生に厳重に注意してください」

わたし、こういう類の苦情受けをさせられる立場なのですが、まあ正直云ってあまり気乗りはしません。注意すべきことは注意しなければならないと思いますし、実際9時から業務を始めないのは契約違反になるわけですから、云うことは云いますけど。なんか、大の大人なんだからいちいち小言を云っても一緒ではないか?という気持ちが払拭できないのです。開始が10分遅れたところでやるべき仕事量はきちんとこなしてくれているし、10分遅れたことで苦情が出ているわけでもありません。医者がそうだと示しがつかないとか、職員全体の士気に影響を与えかねないとか云う人がいますけど、そんなことないと思いますよ。

昔は、始業時刻にきちんと始められるようにするには最低でも30分くらい前には現場に来て準備しておくべきだと先輩や上司に教わったものですが、今は労務管理が厳しくて、それは上司命令か? その30分間は超過勤務として加算していいのか? などとうるさいから、ギリギリまで働くな!と指示されたりすると聞きます。これもまた世知辛いお話。自分の仕事にプライドを持っているならば、自分のパフォーマンスが最大限に発揮できるように自分でペースを決めて仕事したっていいじゃない? それは権利とか義務とか契約とか、損だとか得だとかそういう次元の話ではないと思うのだけれど、これもまた誰かがどこかで騒ぎ始めて世間の意識を変えるまでに陽動した結果なのでしょうか。

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文章がヘタ

最近の若いヒトは本当に文章がヘタ。SNSではあんなに豊かな表現力でうまくコミュニケーションが取れるのに、日本語で”文章”を書くと、どうしたことか全く意味がわからなくなる。そんな人が雑誌や機関誌の記事を書く(正確にはほとんどがネットの文章の切り貼りですが)担当になると、もはやお手上げ。推敲してあげたいけど、手の施しようがない。

どうしてなんだろう? 別に学校で国語や文法をマジメに勉強しなかったからというわけでもないでしょう。日本人なのだから。作文をし慣れていないから? 確かに悪の根源はSNSなのかもしれません。あれだけ早くキータッチできるのだから頭の回転はとても早いと思うのだけれど、LINEとかツイッターとか、元々コミュニケーションに”文章”を使わせないコンセプトですから。”文章”ではなくて”文”か”文節”だけを細かく区切って羅列して伝えるのが基本。それに、文字ではない”絵文字”や”スタンプ”をどれだけセンス良く迅速に返せるかを競っている。いわゆるメールの時代とは全然別物。それをメインのコミュニケーションツールにしてしまった時点で、”文章”の概念がなくなってしまった・・・。文節と文節を繋ぎ合わせれば文になるけれど、文と文を並べたら文章になるわけではないのです。接続詞や接頭語やつなぎ合わせる接着剤がないとくっつかないのです。

そういうこと考えるのが面倒くさいし、1つ1つ繋がなくても見りゃわかる、といいたげな今の文化。直接話せば良いけれどそれはしない上に文章を作るのがヘタだから、きっとちょっと長いメールを書くと相手に誤解を招く文章になったり、自分の伝えたい内容が伝わらなかったりしてしまうのでしょう。見てて、とってももどかしい。

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危険因子の認知度

糖尿病は心臓病や脳卒中の要因 5割以上が知らない

厚生労働省研究班(指定研究)の「NIPPON DATA研究」によると、心筋梗塞や脳梗塞の危険因子とて、高血圧やコレステロールが重要であることは世間で十分認知されているのに対して、糖尿病や喫煙が重要であることを知っている人は半数にも満たなかったそうです。

わたしたちのような特殊な仕事をする者にとっては当たり前のことを、世間のヒトたちは意外に知らないのだと思い知りました。「こんなこと、毎日のようにテレビでやっているじゃないの?」と思っていましたが、観ているヒトのアタマの中には残っていない。糖尿病で目がやられるとか腎不全になるとかと同様に「動脈硬化になる」とは知っていても、動脈硬化と心筋梗塞や脳梗塞が同類のものであることがピンと来ないというヒトも多いのかも。タバコ=肺がん・COPDと考えているけれど、一吸い、一吸いで動脈壁を傷つけていることをもっとアピールすべきとも思いました。基本的に、”太った、痩せた”の用語には敏感だけど、心筋梗塞とか脳梗塞とかは自分とは無縁の特殊な病気だと思っているからこそ、アンテナが低いのでしょう。

「腸内フローラ」とかは全国のおばちゃんたちがみんな知っている高度な医療情報なのだけれど、これもまたダイエットに良いか悪いかでしか観ていない・・・ということはマスコミがそういう切り口でしか情報提供しないのが悪の根源なのかもしれません。「今日、帰り道で突然心筋梗塞で倒れても全然驚きませんよ」とわたしがいつも人間ドックで発している程度のコトバは、テレビでもっと頻繁に云ってもらわないと世間の皆さんにはピンとこない、ということを物語っている気がします。

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良いところを見つけましょうよ。

「今回は、特に悪いところはありません」

常連の受診者さんの事前カンファレンスをすると、良い結果だった時に保健師さんが決まってこんないい方をするんです。良くなっていない時とか悪化している時にはもちろんそのことをいの一番に報告してくれるのですが、良くなっていると良くなったことを指摘しないって、どうよ。

「何か、1つでもいいからまずは良いことをみつけましょうよ。アラ探しが人間ドックではないのですから」「良くなっているのなら、何をしたのが一番効果があったのか分析して教えてあげてください」

今年度はこういう切り口で予防医療の手助けに従事しようかなと考えております。日常生活でもそうですが、特に健康に関わる仕事においては、相手の良いところ探しは骨の折れる作業だと覚悟しています。もともと、悪いところを探して修正してもらうのがわたしたちにあてがわれた使命だったりするので、ホメ殺しに慣れていないし、実際ホメ殺しできる要素の少ない人から良いところを見つけてホメると白々しく感じるかもしれません。私たちのサガとして、良いところよりも悪いところが目につくし、良いところが目の前にあっても気づかない。それはとっても寂しい性分なわけで、これを改善できれば自分にも必ずプラスになるはずだと思うのであります。

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ネットの弊害

先日脳ドックを受診された女性の方。急に考えがまとまらなくなったり今聞いたことをすぐ忘れたりするようになったから、色々な専門医を受診して調べてもらったけれど特に脳には異常がないと云われ、内服薬を処方されたけれどそれを飲むと眠くなって運転ができなくなるとの訴え。「だから一度徹底的に調べてもらおうと思って受診しました」という受診目的は全く当を得ていないわけですが、さらに聞いていくと、「心配だからネットで調べてみた」という。すると、「それは海馬が破壊されているからだとか、その薬は一生飲んでおく薬だとか書かれていて、読んでいくうちに怖くなった」とのこと。

ダメですよ、そんな時にネットに助けを求めては。ネットには必ず一番厳しい内容しか書かれていないのです。軽いことも書いてあるだろうけれど必要に迫られて読んでいる人には見えません。不安だから検索した以上、一番悪いことしか目に入らないもの。しかも、それを読んだ後はどんな専門医が詳しく検査してくれて問題ないと云ってくれても、芯から安心できなくなるものです。これでは、自分の悩みは絶対に解決しません。

ネットで見た不安は、外来主治医がいるのならその先生に質問しないと何も良くならないということをわかっていただきたい。飲み薬も、運転できないから飲めない、と伝えて欲しい。もしそれができそうにない相手なら、医者を変えた方がいいと思います。

「先生は、『脳が疲れてしまっているから、何か好きなことだけやってください』というから本など買ったけどなかなか読む勇気がなくて」という彼女。まさかそれ、小説や趣味の本ではなくて、病気の本とか健康のハウツー本とかじゃないでしょうね? 病気のことから離れないと意味ないですからね!

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階段を使わない?

フレッシャーズの皆さんのオリエンテーションの時に、「職員は階段を使うべし」という注意はしたのだろうか。せめて「患者さんの乗るエレベーターは乗らないように」とか。理屈ではなく決め事なのだから、決め事として最初に云っておけば少しは違うのかなとか思いつつ、でもムリだろうなとも思います。

もはや、生まれた時から二階に行くにもエレベーターかエスカレーターしか使わない世代。せめて学校くらいは階段を使ったのかしら。階段の方が非日常である、あるいは階段は緊急避難(やむを得ない時だけ使うモノ)の道具である、という生き方を変えさせられるのは難しい気がします。何しろ今すでに働いているスタッフですら、事務所から2、3階上の仕事場に向かうためにみんなエレベーターの前に屯しているのですから。私のような下っ端のペーペーが何を叫んでも雑音でしかありませんが、かと云って上司からの命令があったとしたらそれはヘタをするとパワハラになるかも。 たとえ上司が階段を上がっていてもそれに従うどころか、きっとエレベーター前でそれを眺めながら待っているに違いないと思いますね。

やっぱり、今の世の中、そこにエレベーターやエスカレーターがあるのに階段を選ぶのは、必死に体力作りしたりダイエットしたりしている人を除けば、変人ですものね。東日本大震災の直後に暗い電気の元で全員が階段を上っていた光景が懐かしいです。

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医者の仕事と保健師の仕事

これまでも、何度もわたしを悩ませてきた予防医療の考え方の違い。医師の人数が少ないのに業務が増えるばかりだからパラメディカルスタッフと業務分担することを検討するに至り、期せずして再び生じてきた根本的な違いにひとり悩んでいます。

健診の世界では、全ての検査結果の判定を7段階に分けます。①異常なし、②軽度異常、③要経過観察、④要再検、⑤要精密検査、⑥要治療、⑦治療継続です。

わたしは、この世界に入った時から一貫して思ってきたのです。『②③の説明こそが保健師の仕事でしょ』という考えは、大きな間違いだと。これこそが一番高給取りの医者がすべき仕事だと思うのです。なぜなら、これが一番骨の折れる仕事だから。行動変容というやつは、一筋縄ではいかないけれど、予防医療の世界では何よりも大事なことであり、行動変容をさせることこそが最大の仕事だからです。

一方、『⑤⑥の説明は医者の仕事』というのも間違いだと思っています。もう悪いとわかっている項目について病院に受診させるだけの仕事なんて、誰にでもできる。高給取りの医者がこんなことのために時間を費やすのは本当にもったいないと思います。「いやいや、病気のことだから専門知識が必要だから」って? 何云ってるんですか。そんなことその都度勉強すればどうということはない。もともとそれなりの医療知識を持って専門職についているのだから。

軽いものは保健師の仕事、重いものは医者の仕事とい発想は、まさしく、『二次予防、三次予防こそが予防だ』というひと時代前の検診の発想であって、そんな発想がいまだに通用していること自体が情けなくてたまりません。

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五感の叫び

昨夜、久しぶりに”地震”らしい地震が襲ってきました。震源が我が家に近かった(1年前の熊本大地震のときに近かった)からか、昨夜の地震は最近何度も襲ってきていた余震とは質が全く違っていました。

正式に発表される震度とかマグニチュードとかの数値は何の当てにもならないことをわたしたちはすでに思い知らされてわかっています。それが3でも7でもどうでもいい。体感は数値では表せないものです。短かったけれど昨夜9時半ごろに起きた突き上げるような地鳴り地震は、ちょうど1年前と同じ種類のそれであることを自らの五感が教えてくれました。突然跳ね飛んで走ってきた我が家の愛犬のカラダの小さな震えが、完全に落ち着くのに30分以上かかったことが昨日の地震が特別なモノであったことを証明していました。ちょうどあの日から1年になり、地元テレビでは涙なしでは観れないほどたくさんの特集番組が組まれていて1年前の感覚が呼び覚まされてきていた矢先の昨夜の地震。奇しくも2016年4月15日の”前震”が起きたのもこの時刻の頃ではなかったか? 慌てて風呂に入りながらそのことに気付いたら、急激に激しい不安に襲われました。

昨日はなでしこジャパンの若いお嬢さん方が熊本の地でコスタリカ戦を戦いました。快勝の余韻に浸っていたであろうときにあの地震だったと思います。あの頃、彼女たちはどこに居たのでしょう? 試合会場は震源地近くでした。1年前の前震の時は女子プロゴルフ大会が熊本で開催される前夜祭があっていました。熊本地震のなまずは、もしかして嫉妬深いメスなまずなのかもしれません。 

ダメですね。理屈とは関係なく、五感がザワついて落ち着きません。公の発表が高々震度3だったので、世間のテレビ番組は何事もなかったかのように予定されていた地震特集をやっていて、それを見るのがかえって辛かったりします。

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慣れというより自信

数年前に患った『頚椎症』。今、何度目かの波が押し寄せてきていて、寝ても起きても右肩に頑固ジイさんが載っかっている感じです。

でも今回は、むかし経験したちょっと斜め上を向くことすらできない痛みと比べれば大したことはなく、寅さんよろしく短い旅から帰ってきたこのジイさんはあの時以上にはわたしを苦しめないだろうという自信があるので、そのまま平気で載せていられます。二度めの波が過ぎ、三度めの波が過ぎ、と波乗りを経験する度に、自信は確信になっていきました。

大丈夫。もう少し載せておけば、このジイさんは間違いなくすぐに飽きて春の訪れとともにまたどっかに旅に出ていくはず。

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文句

先日、雨の中、仕事でタクシーに乗って移動していたら、突然となりの車列の隙間から飛び出てきた車にぶつかりそうになりました。運転手さんの急ブレーキでギリギリで衝突を回避。「さすがにこれは恐ろしかった」と運転手さんが云うほど危機一髪でした。わたしの同僚や知人の中にはタクシー乗車中に衝突事故にあって大怪我をしたりいまだに後遺症に悩まされている人がいますから、わたしは運が良かったのでしょう。「全然こっちのことに気づいてないんですよね。あんな奴がいるから事故が起きるんだ!」と運転手さんは興奮が収まらない様子でまくしたてます。「こないだは信号停車していたら、後ろからぶつけられてムチウチになりましたよ。運転手は若いお母さんで、後ろには小さな子どもも乗っていたんですよ。『スマホを落としたから拾っていた』っていうのが理由。どうして停まってから拾わないんですかね」「昨日は狭い道を進んでいたら、わざわざ対向車が大きな道から入ってきて、待ってればいいものを進んでくるんです。もうギリギリで・・・」

延々と続く運転手さんのグチを途中から聞き流しながら、自分の感覚が昔から大きく変化したことに気づきました。自分がよほどの被害を受けない限り、相手を非難する気持ちが湧いてこないのです。「バカか、おまえ~!」と叫びはするものの非難はしない。彼らにはそんなことが判断できる能力がもともとないのだから、いくら面と向かって文句を云ってもムダ。相手にムッとされてもされなくても、謝罪されてもされなくても、どうせ同じことをまたしでかします。そんなヤツに腹を立てても何の得にもならないのだから、そんな輩に出会ってしまった自分の運が悪かったと思ってやり過ごすようになった自分。

とにかく、今回は何事もなくて良かったです。交差点で信号無視のトラックにぶつけられて愛車が大破した挙句に頚椎ヘルニア、腰椎ヘルニアでいまだに苦しめられているわたしですから、よほどのことが起きないと驚きはしませんけれど。

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ヒューマンエラー

健診の結果報告書を発行する部門の担当者から、お叱りを受けました。最終チェックをしていると、検査所見の入力忘れや入力ミス、誤字脱字が医者とナースに特に多いというのです。もちろん、直接診断をしたり所見を書いたりする立場なので、仕事量自体が明らかに多くその分ミスに遭遇する機会も多くなるのは当たり前といえば当たり前なのですが、担当者はそれを許してくれません。結果報告書は信用に関わる大事な商品なのだから、ミスは可能な限りゼロに近づけてほしいと云うのです。

彼らは「注意すれば間違わないはず」と云うのですが、若い人にはわからないさ、パソコンのタイプミスやクリック位置が微妙にずれる理由が。自分ではそこに向かって指を動かしているのに、最後の最後の着地点が微妙にずれるのさ。それは注意散漫なのではなくて、歳。最後まで確認していたら間違わないはず、と思っているようだけど、そうじゃない。わたしだって、最後の最後の着地点にクリックしたことを確認したのに、後でとなりをクリックしていると指摘されたことは何度もある。「あれ? ちゃんと確認したのに」とむかしは言い訳してたけど、云わないことにしている。どうせ、わかってくれないから。

だから、わたしたちのような年寄りに働かせる以上は、ヒューマンエラーは起きて当たり前と思ってくれないと。うちの組織の素晴らしいことは、そんなエラーがあっても、ちゃんと最後に見つけ出してことなきを得てくれること。最後の最後に訂正できるのなら、それでオッケーじゃなかろうかな。

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ライフ シンプル7

心臓病や脳卒中を予防するための「ライフ シンプル 7」で医療費を削減

米国心臓病学会(AHA)が心臓病や脳卒中を予防するために推奨している「7つの生活習慣」(ライフ シンプル 7)の解説が載っていたので読んでみました。ライフ シンプル7というのは、

(1)血圧を管理する
(2)コレステロールを管理する
(3)血糖値を下げる
(4)運動をする
(5)健康的な食事
(6)標準体重を維持する
(7)たばこを吸わない

だそうです。超当たり前のことが書かれていました。ただ、(1)(2)(3)ともに内服治療の必要性は最後にこっそり書かれているだけです。おそらくこれをもっと強く掲げないとまずいのがアメリカの現状だと思うのですが、日本のような国民皆保険制度ではないので「医療費を削減する」という観点から検証している以上、クスリを飲まずとも大丈夫な生活習慣を送りましょうと云うことになるのでしょう。日本もそうですが、「生活習慣病は生活習慣が悪いから罹る病気だ」という空気が強すぎる気がします。「生活習慣病は体質の病気」ですから、がんばっても改善しないのは体質が現代社会に合わないだけ。そのときにはクスリしか手がないはずです。だから、本当は、
(8)クスリが必要な時には躊躇せず早めに開始してきちんと服用する
を含む8項目にした方が良いんじゃないのかな、と感じました。

まあちっとも「シンプル」じゃないな、というのが第1印象。できないからこそ掲げるのでしょうけれど。

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カッコよく生きたい

公園だとか、電車の中とかで、なりふり構わないだらしないいでたちでいるオジサンとかを見ることが最近ちょっと多くなりました。以前からいたけど今まで興味がなかったのかもしれません。なんか、それを見るのがとても悲しいのです。だから、「自分は周りからあんな風に見られるような人間にはなりたくないな」と強く思うようになっている自分がいます。前はそんなこと思ったこともなかったのに。

若い頃、オシャレは苦手でした。デブでブサイクで田舎坊の風貌だから。本当は友人が着るようなかっこいいジーンズとか白いセーターとか着てみたかったけど、「どうしたの、そんな洒落っ気出して」とか母に笑われるのが恥ずかしくて、絶対に口にしたこともない。こんな自分ごとき田舎者がオシャレなんて考えること自体がカッコ悪いと思っていました。

結婚して、妻がオシャレな服を買ってくれるようになってオシャレな髪型も指定されたけれど、どう見ても全然似合わない!と感じていて、今でもタンスのすみに仕舞っているシャツとかあったりします。「あれ、高かったんだよ。たまには着てよ」というのをなんとなくはぐらかしながら。

でも、そんなわたしが、最近カッコよく生きたい!と思うようになった。両親が作ってくれた歴史ある田舎坊主の顔立ちは如何ともし難いけれど、姿勢や立ち居振る舞いは意識さえすればカッコよくなれるし、考え方をいつも前向きにして、イライラしないように意識すれば、スマートな考え方になれることを知っていますから、あとはそれの実践あるのみ。片田舎の好好爺の風情も捨てたものじゃないし、別に大都会のギンギンのビジネスマンみたいなのを目指しているわけじゃない。

ただ、うん。カッコよく生きたい。

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運動と野菜の前に禁煙を

肺の生活習慣病「COPD」 運動と野菜の摂取でリスクを下げられる

COPD(慢性閉塞性肺疾患)の予防に運動と野菜が効果的である。筋肉から分泌されるアイリシンというホルモンが運動によって増加して心肺機能の改善が促されるという大阪市立大学の研究グループの報告と、果物や野菜を積極的に摂るとCOPD発症リスクが激減するという報告とが紹介されています。たしかに、「たばこを吸うとビタミンCが破壊されてHDL(善玉)コレステロール値が低下するから、喫煙者は積極的にビタミンCのサプリを飲みましょう」などという進言をどこかの学会か学会誌で読んだことがあります。

もちろん、これ微妙な表現でごまかしていますけど、禁煙のことにはひと言も触れずにこのデータを紹介しているところに何かの意図を感じずにはおれません。ヘビースモーカーが運動と野菜に取り組んだところで知れているという気がしないでもありません。COPD予防はあくまでも禁煙ありきの話だと思います。でも、たばこをスッパリ止めはしたけれどすでに肺気腫になっていて症状の改善があまりない、という人は試してみる価値はあるのではないでしょうか。もっとも、運動はどうしても息切れが先に立ちますから、それなりの専門的指導を受けることをお勧めします(こういうのはどういう施設に相談に行ったら教えてくれるのでしょう?)。

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原因究明(後)

(つづき)

今の世の中、総じて物事の原因を求めたがります。患者さんも医療者も、『その症状には原因があってその原因を突きとめないと治療できない』という発想が基本です。もちろん症状には原因があって、カラダの中から何かを訴えているのは間違いないと思うのですが、カラダが求めているのは本当に原因究明なのでしょうか。単に今の自分の状態を客観的に自分自身に報告しているだけの時も多いのではないでしょうか。痛いとか痺れるとかいう症状は、あってはいけない症状と考えがちですけど、ある程度はあって当たり前。今まで気づかなかっただけかもしれないし、気づかないことの方が異常だったりすることもある。『生きている証拠』は乱暴なようで当を得た表現かもしれません。

「そうですか。もう諦めないといけませんか」などと答える人は、それがそんなに問題ではないことに気づいている人。その自分の感覚に間違いがないか確認したかっただけなのかもしれないというのが、わたしの印象です。「別に諦めなくてもいいんですけど、うまく付き合ってあげてください」・・・基本、わたしもそんな人生なもので、悩みさえしなければそう大した問題ではないぞ、と思うわけです。

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原因究明(前)

「カラダのあちこちが痛いのだけれど、これは何科に行けばいいでしょうか? 」
「先月から右の向こう脛がピリピリするのだけれど、どこかこれ診てくれるところを教えてください」

健診の医師をしていると、こういう相談をよく受けます。診療も治療もできませんが、それをしてくれる専門医に導くトリアージはわたしたちの大事な仕事ではあります。でも、こんなよくありがちな症状については、実は決め手がありません。わたしはいつも正直に答えます。

「ん〜。大変申し訳ないけれど、これをまともに診てくれるところはないかもしれません。何科に行ってもちょこっと検査して『特に問題ありません』と云われるでしょう。『自分の専門領域じゃないから他を当たってちょうだい』と門前払いされた挙句、何の答えも出ないまま各々の専門医たちにたらい回しされるかもしれません。とりあえず行くなら◯◯科ですけど」

正直にお応えするせいかもしれませんが、相手は決して不満そうではありません。想定の範囲内の答えなのでしょうか。  (つづく)

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自然の摂理

むかしからの持論ですが、徐々に確信に変わりつつある食事の理論。それは、あくまでも自分のカラダの欲求に従っておけば問題がないということ。ただ、アタマが邪魔をするのでカラダの訴えをきちんと聞き取る能力を磨かなければならないことが問題ではあるけれど。

いつ食べるのがいい、いつ食べてはいけない、こういう食べ物がいい。こういうものならどれだけ食べてもいい。こういうものは少量でも毒である。こういう食べ方が血糖をあげない。誰もがリクツを求めたがるけれど、実は求めているのはアタマであって、カラダは理屈なんて初めから求めてはいない。必要な時に必要なものが存在すればいいだけのことだから。それが自然の摂理だし、それが神様が創りたもうた存在の本質なのだから。ところがアタマは将来のことばかり気にして心配ばかりするものだから、つい食べられなくなった時のことを考えてしまうらしい。蓄えられるときに蓄えておかなければ。その性質を生み出すために「欲望」という概念も創りたもうた。「食欲」ではない。食欲は食べたいときに食べたいという欲求であり、生きとし生けるものが生きるために備えられた基本的な欲求である。「ほしい。あるだけほしい。なくてもほしい」という欲求。「物欲」かしら。

これは人間にだけ準備された、神様からの昇級試験のためのグッズらしい。これが必要なくなったときに、ヒトは昇天するのだそうだ。だからヒトは自らのカラダの訴えが聞こえなくなる。子どもの頃には聞こえていたのに、ある時突然聞こえなくなり、大人になって、聞こえてはいるけど聞き流すようになり、再び卒業の頃が近づくと聞こえ始める。

「食べたくなくても食べないと、病気になるよ」と云われても、食べられない。そんな人に点滴してでも生きながらえさせようとするのは、昇級試験を邪魔しているだけなのじゃないかと思うが、もう卒業は決まっているからそんなことをしても何も変わりはしないだろう。方や、何歳になっても意地でも食べるヒトは確かに元気。まだまだやりたいことがたくさんあるのだ!という意思の証。煩悩の塊のようなヒトは大メシ食って黙っていても社会と繋がろうとする。これまた自然の摂理でありましょう。

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