「診察室は不思議な空間」
うちの施設の広報誌に投稿している私のコラムを、時々こっそりご紹介します。今回は2006年1月号のものです。長くてすみません。
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「診察室は不思議な空間(1)」~本当に難解な医者のことば
病院の診察室には俗世間とは一線を画した異質な空気が立ちこめています。中に入るだけで緊張して頭が真っ白になります。私の専門は循環器(心臓病)ですので、外来には心臓のことが気になるさまざまな患者さんがやってきます。
「最近、胸がどぎゃんかあるとです。」
「『どぎゃんか』を、もっと具体的に言ってくれませんか?」
「…動悸のうつこともあるし、…なんさま、きつかっです。」
「『動悸』というのは「ドキドキ」と脈が速くなる感じですか?それとも「ドッキン」と強く打つ感じですか?」「……。」
「『きつい』というのは、「だるい」という意味ですか?それとも「息苦しい」という意味ですか?」「……。」
「それはどれくらい続きますか?」「長くはなかです。しばらくすっと治ります。」「『しばらく』とは、何分くらいですか?」「……。」
まるで尋問のような質問責め、これを「問診」といいます。決して意地悪しているのではありません。医者は問診だけで大方の診断をつけられないと一流とはいえません。心臓病の場合は特に大事です。ですから一言も曖昧にするわけにいかないのです。きびしい面接官の様です。
先日のある朝、運転をしていて急に気分が悪くなり目の前がぼーっとしました。路肩に車を停めてじっとしていたらすぐに良くなりました。「何だったんだろうあれは?」専門医である自分は自分に問診します。「何となくおかしい。胸がどうかあってきつい。」まさしくこれです。この症状を表現するのにこれ以上の日本語はないように思えます。医学書の中にあるどんな用語を探しても、今の状態を表現できることばは他に存在しないように思いますし、他のことばに替えたら、何かが間違っているように思います。日頃の自分の診療風景を思い出しながら一人で苦笑いをしました。
体は、何か普通でない状態が起きたことを、症状として訴えようとします。その表現は時としてきわめて曖昧です。それを一番近い医学用語に置き換えて、体のどの辺りからの訴えなのか探るのが問診です。ですから、簡単におおざっぱな医学用語に当てはめようとせず、患者さんの体と対話する真摯な気持ちを持って細かく聞いてあげる態度こそが、医者として必要であることをいつも痛感します。
さて、尋問の時間が終わって、必要ないくつかの検査を行った後、医者はこう言います。 「特に問題はなさそうですので、様子をみましょう。何かあったらまた来てください。」 ・・・そのことばに安堵して帰路についたあなた。あなたは、この難解なる呪文をきちんと一般のことばに翻訳できましたか。「様子をみる」というのは、何を、誰が、どうすることか?様子をみてどうするのか?いつまでみるのか?「何かあったら」の「何か」とは何なのか?…どうです、答えられますか?
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