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「あきらめない」

以前紹介した(「わたしがこどもだったころ」(2008.1.14)、わたしが尊敬する鎌田實先生(諏訪中央病院)の「あきらめない」(集英社)を一気に読みあげました。私の心に響くものばかりで腹一杯になりました。気に入ったフレーズをここに書き出して紹介しようと、読みながらページの隅に折り目を入れていたら、あまりに多すぎて厚さが倍くらいになってしまいました。

鎌田先生が主張したい医療のあり方ははっきりしています。「人間を人間としてみる」という医療従事者としてはごく当たり前のことです。「人間として生きる」ことの尊厳を最も重要視し、そのための応援歌をいつも力強く歌っている人だと思います。

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「日本の医療は、臓器とか細胞から病気にアプローチするというかたちが主流になっているなかで、できたら「一人の丸ごとの人間」としてみてあげられないだろうか、といつも思ってたんです。」
「特に、今の医療というのは、人を相手にしているというよりも病気を相手にしている、あるいは臓器の不全と闘っている、極端な場合には、病気は治ったけど、その人の生活が死んだという、変なことすら起こりうるような状況というのが、明らかにあるわけですから、それでこの「面倒をみる」という言葉にすぐ惹かれたんですね。」
「ぼくが『面倒をみる』というとき、一人の人間を丸ごとみるだけでなく、家族のことや地域のことも考えたいと思ってきました。(中略)医師のほうは、もうこれで自分の仕事は終わり、「やった、やった、治したぞ」と思っていて、その患者が足を引きずりながら杖をついて帰って行く先が、どういう地域で、どういう家族とどういう生活をしていくかということを、今の医学は考えてくれないですね」<「面倒をみる」鷲田清一(阪大教授)との対談から>

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わたしもそんな医療にずっと憧れてきました(「カルテメモ」(2008.1.27)が、ほとんど何もできないままに臨床医を卒業しました。

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