ターミナル駅
ガンの治療や重症心不全患者などの人生の最期を「看取る」行為をひっくるめて「ターミナル・ケア」と云います。日本語では「終末期医療」と云うようです。このうち、末期ガンのケアを専門に行う施設をホスピスと云います。やっと日本でも市民権を得た感があります。ホスピスの語源は、聖地巡礼者を泊めるような小さな教会hospiceからの転用だと聞いています。昔は、「がんセンターに行け」と云われたら死の宣告を受けたと思い、「ホスピスへ行け」と云われたら医療から見放されたと悲観したものですが、素晴らしい人生だったと思えるものにするために人生の終末期を過ごす桃源郷にしたいという思いが、宗教観の乏しい日本人にも受け入れられるようになったのは素晴らしいことだと思います。
わたしは、「後期高齢者医療制度」という用語が顰蹙を買ったと同じように、「ターミナル(終末期)」ということばが嫌いでした。「もう最期だから、最期くらい苦しまずに逝かせてやりたい」という諦観に似たお節介がどうしても好きになれなかったのです。
鎌田實著『あきらめない』の中に、そんなつまらないこだわりをもったわたしの心に、ズシンと響いた素晴らしい教えがありました。肝臓がんのある高名な患者さんの言葉です。
「人生のターミナル駅に近づいているの、わかるんだ。終着駅ってもの悲しいよね。でも、おもしろいことに気がついたんだ。終着駅ってたくさんの列車が各地から到着するんだけど、集まった列車は、またそれぞれの土地へ向かって必ず出発するんだよね・・・・・。」<五年生きた。いよいよ逝きます」より転載>
終着駅は始発駅。当事者になってここまで達観できるのは難しいですが、医療者としてはその思いをどこかに持っていたいと思います。
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