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作りすぎは主人の晩酌

「食事療法の基本は、作りすぎないこと!運動療法の基本は、ムダを作ること!」

今日も今日とてわたしの持論を展開して生活指導をしています。運動療法については一応皆さん理解はしてくれます(実行するかどうかは別にして)が、食事療法の方はそう簡単ではありません。

●夫の晩酌の肴を作らなければならない。●若いもんがいやがる。●育ち盛りの子どもたちがいるからむずかしい。・・・これが抵抗の三大理由です。

毎晩若者に毒を盛りながら、自ら自分の大事な子どもや孫の寿命を縮めていることに気付かない愚か者め!と云う熱い話は、現場ではよくしますが必ず苦虫を噛み潰したような嫌な顔をされます。わたしの云うとおりにしたら家族に嫌われるだけですから。

ところで、「晩酌の肴が必要だから作りすぎる」という話を聞くたびに、わたしは毎晩晩酌を欠かさなかった父のことを思い出します。彼の肴はいつも「いりこなす」でした。いりこをちょっとだけ炙って焼き茄子に和えただけの料理です。母はあまり料理が得意ではなかったので、いつも父が自ら作っていました。それを肴にチビチビ熱燗を呑むのが習慣でした。それを子供の頃から見ていたせいか、酒の肴にから揚げや大量の油炒めが必要だという概念をどうしても理解できません。でも、たしかに居酒屋に行ったらそんなメニューしかありませんね。夕飯のおかずといえばレストラン料理、酒の肴といえば居酒屋料理、可哀相ですが、現代社会ではそれしか浮かばないのもやむを得ないかもしれません。今となっては、質素で田舎者だったわたしの親に感謝です。

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