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煩悩な日々

職場の広報誌7月号が発行されました。投稿コラムを転記します。このブログを始めてから、コラムのネタが浮かばなくなってきてこまっています。

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煩悩(ぼんのう)な日々

「人間は煩悩の生き物である!」・・・わたしがずっと座右の銘に掲げてきたことばです。生活習慣病のお話をするときにこのことをいうと必ず笑われます。「煩悩」という仏教用語が近代医学になじまないと感じるとか、「煩悩に負けるのは恥ずかしい」という真面目な教えが日本人に浸透しているとかかもしれませんが、きっと「煩悩と戦うしかありません」といわれても勝てそうにないことを分かっているからではないかと思います。

「食欲」は人間が持つ基本の欲求です。知らなかったらどうもないのに、その味を知ってしまったがためにしかもすぐ手に入ると分かったがために、もう食べずにはおれません。高血圧の人は塩辛いものが好き、糖尿病の人は甘いものが好き。神様は煩悩に上手い具合に刺激を与える準備をしています。人間は欲求を満たすためには努力を惜しみません。できるだけ安くて高カロリーの食べ物を口にできるように知恵をしぼって開発し普及させました。大成功でした。「運動欲は人間には存在しない」ということを、松尾洋さん(くまもと健康支援研究所)と新年号で対談したときに教わりました。とてもショッキングな事実でした。「動物は動くのが当たり前」と思っていましたが、実は動かないですむなら動かないように作られているのだそうです。だから、できるだけ動かないでも楽できるものを開発し次々と作り上げてきました。これも見事に成功しました。人類がこうして次々と作り出した「文明」は一気に栄光の時代を迎えました。

ところが、その栄光は今、音を立てて崩れていっています。実は、食欲も運動欲もその欲求に任せて好きにやっていると勝手に病気になるように作られていました。神様はわざと煩悩ばかり並べておいて、その煩悩と対峙しなければならないカラクリを準備していたことになります。わたしたちの仕事は、いかにこの煩悩を克服させるかを説く仕事です。自分のことを棚に上げてでも「しないと大変なことになりますよ!」と脅す仕事です。でも、できない。分かっていたってできないものはできない。私自身も例外ではありません。「あなたは他人に厳しいけど自分には甘いよね」とは、私がよく妻に言われる厳しいひと言です。煩悩と戦っても勝ち目はないのだから、煩悩に負けることは恥ずかしいことではありません。けれどそれに甘んじていると病気になります。ですから、何とか煩悩と戦わなくても良い方法を探す必要があります。期間限定で煩悩に逆らってみるのも案外面白い方法です。おかずはわざと少ししか作らないとか、エレベーターは壊れていると仮定するとか、些細でくだらない誓いでもいいので、プチ修行をしてみてはいかがでしょうか。

「煩悩があるからこそ悟りを求める心が生まれ、悟り(菩提)があるからこそ煩悩を見つめることができる」・・・煩悩に向かい合い、考えて工夫することは、その人の人生を大きく変える手段だと信じてやみません。きっと、煩悩を克服して悟りを開けたときがこの世からの卒業のときだと思いますが、残念ながら私には当分先のことのような気がします。

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