寿命
もうすぐ14歳になろうとしているうちのワン(牡)が今、末期状態にあります。正月に腫瘍が発見されて、今は腹水も溜まってきている様子です。腫瘍が腸管を圧迫し、食べられなくなってしまいました。階段の上がり下がりにわたしが抱えあげてやることもありましたが、今は上には行けません。
動物の場合の「延命治療」というのは人間よりもさらにシビアに考えさせられます。競馬の馬の場合は骨折したら安楽死の道が選ばれます。自分で動けなくなった馬は死んでいくしかないから「苦しまないように」なのだと聞きました。ペットが末期の腫瘍で苦しんでいるときにも注射を使って安楽死させることがあります。わたしたちにブリーダーを紹介してくれた知人も、飼っていたワンが末期がんで苦しんでいるのをみていられないと云って、悩んだ挙句に安楽死を選択しました。うちのワンはアガリスクを飲んでいます。食べられなくなった時期に点滴で回復させたこともあります。腎障害で人工透析を受けたり、心臓のバイパス手術を受けるペットもいると聞きます。かわいいわが子と別れるのが辛く、かわいそうで出来る限りのことをしてあげたい、と思う飼い主の心は良く理解できます。
でも、いずれにしても、本人(人ではないけれど)の意志とは無関係に周りの人間の満足のために「治療」「処置」を施すのは、やはり生命への冒涜ではないのか?と考えてしまうことがあります。人間の場合も同じことです。まるで他人の運命を弄るようなことが本当に許されてることなのだろうか?最先端の救急医療に携わっていたころから、ものすごく悩むようになりました。
理屈ではそこまでクールになれても、苦しげに喘いでいるワンの目を眺めていると、走馬灯のようにいろいろな思い出が浮かんできて、涙が止まりません。
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