まだら記憶
先日、昔の知人のブログを読んでいて、もう何十年も前の大学時代のたわいもないことを鮮明に思い出しました。「よくそんなこと覚えているな」と云われました。
もの覚えには、最近の記憶力(記銘力)と昔の記憶力とがあります。わたしの記銘力は確実に低下しています。脳細胞が日に日にみしみしと軋み音を上げて消えている感覚が頭の中にあります。同僚やタレントの名前が出てこない、昨日食べたものが思い出せない、何をしに来たか思い出せない。日常茶飯事です。これの回復のためにはやはりいかに「頭を使う」かにかかっているようです。ボーっとしたら脳細胞が消えていきますし、パソコンや計算機ではなくて、手書きや暗算をするだけで、おそらく脳細胞の働きはまったく違います。脳細胞と脳細胞の接続が切れていくのを抑えるのが大事です。以前、PSの脳トレに嵌ったことがあります。始めた頃の脳年齢60歳が2ヵ月後には20歳にまで若返りました(もう今は元よりひどくなっているでしょうけど)。
一方、昔の記憶のまだら加減は何から来るのでしょうか?入学試験・国家試験の合格の日や結婚式や母の葬式や、そんな人生の区切りのことはほとんど靄の中です。でも、夜中に泥酔した女子大生を交番に連れて行こうとしたらナンパと間違えられたことや教授の目の前で吐いたことや(酒絡みばかり?)お笑い頭の体操で坂本スミ子さんが紙の真ん中に斜め線を書きその一番下の隅に「子」と書いて、「これでさかもとすみこ」と答えたことや、そんなつまらないことがまだらで記憶されています。
かと思えば、「ここ初めて来たけど、いいところやね」と云ったら「初めて?前に来たことあるじゃない?」と妻に一蹴されるときのショックときたら・・・。「前にも来たよね」「わたしは初めてよ。あなた誰と来たの?」よりはマシか!
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