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死の儀式

救急医療に携わる者の宿命として、多くの死を見てきました。

世間の多くの人が死体を見て初めて死と対峙するのに対して、わたしたちはまさに魂が身体から抜けていく瞬間に立ち会うことになります。8割は病院で亡くなる現代、死を迎える人たちの死の瞬間は、身内の方よりも、わたしたち医療従事者が看取ることの方がはるかに多いのです。

死の瞬間、モニターの心拍の音が切れ、突然心電図が一直線になる・・・そんなドラマのようなことはまずありません。心臓は最後まできちんと拍動を続け、それが徐々に間隔を広げながらゆっくりと終焉を迎えるのです。まるでこの世から立ち去るのに忘れ物がないかカラダの隅々まで回って確認しているようです。最後に長年住み慣れた自分のカラダに「さよなら」を云って・・・命の終わりは、静かにゆっくりとやってきます。

ところが、救急医療の現場では、止まった心臓をもう一度呼び戻すために心肺蘇生術をします。ちょっと休んでいたり居眠りをしていた心臓なら、マッサージを受けるだけで目を覚まします。一方で、すでに魂はいないことを実感しながらも区切りの儀式のためにマッサージをしなければならないこともあります。寝耳に水の知らせに大慌てで駆けつけてきた家族に心の準備ができるまでの間、機械的に心臓を動かし続けるのです。

夜が白々と明けるころ、長時間のマッサージのために震える手で死亡診断書に字を書き込みながら、患者さんと関わってきた日々のいろいろが頭の中に浮かんでくると、知らず知らずのうちに涙があふれてきます。わたしほど、死亡診断書を書きながら泣いていた医者もいないかもしれません。「先生、また泣いてるよ」とあきれ顔のナースの顔が思い出されます。

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