花冷えの思い出
ご多分に漏れず急な花冷えが続いています。その前が暖かすぎたので体感的にはちょっと花冷えの域を超えているかもしれません。だから桜満開の春の景色なのに厚手の上着は手放せません。
この季節にいつも思い出すのは、別れと新しい生活、引っ越しと薄ら寒い新しい住処のことで、ちょっと甘酸っぱくてうら寂しい感情の残り香が心の片隅に残っています。
東京に引っ越したのは遠い昔、結婚1年後の春3月でした。二人とも初めての東京生活に緊張していました。紹介してもらった人と前もって不動産屋巡りをして、緑の多い石神井に、できたばかりの新築のこぎれいなアパートを見つけました。熊本のアパートを引き払い、各々の車を処分し、大分市役所で戸籍謄本などの諸々の書類を発行してもらい、墓参りを済ませてから片道だけの航空券を買って九州を飛び出しました。新居には荷物が翌日届きました。Y運送業者のパック便は引っ越し前にあったとおりの状態に戻してくれるのが売りでした。そういえば、本棚の中の本が全部左右逆になっていて揉めたことを思い出します。「逆だ!熊本で入れた奴が間違えたんだ!逆に入れてくれ!」と主張するのに「いえ、決まりですから」といって頑なにわたしの希望を拒んだ、山形出身の運送屋さんは、今は何をしているのかしら。頭に来たので、彼らが入れている端から全部払いのけて入れ替えてやった、血気盛んなころでした。
小物を入れた箱をまだ開けきらないまま夕方になりました。東京の日没があんなに早いモノとは思いませんでした。一気に気温が下がっていきました。やはり北国は寒かった。電気カーペットがあればこたつは要らないだろうと高をくくっていた私たちは、思いがけない肌寒さと知人のいない心細さで潰れそうになったことを、今でも思い出します。
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