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慣れることの有難さ

わたしの応援しているプロサッカーチームの監督が成績不振の責任をとって更迭されました。4年前、瀕死の状態のチームを生き返らせてくれた神様のような存在でしたので、その話を聞いたときには頭の中が真っ白になりました。もはや何もかもが終わりだ!と悲観しました。ところがある事情でそれが10日間延期されました。もしやこのまま?という期待は残念ながら外れましたが、でもこの10日間があったおかげで、わたしのこころはとても静かに運命を受け入れる準備ができました。ずっとそのことばかり考えているうちに、こころが慣れたのだと思います。そして冷静に現実をみつめる時間を戴いたことに感謝して、新しい体制にこころを向けることができています。

わたしの敬愛するボスが脳腫瘍になったのはもう12年も前です。突然の出来事で、現場は混乱しました。彼なくしては自分たちの組織は崩壊する!と思いました。彼はその後手術を受け、一度現場に復帰しました。「半身不随になってまで生きたくない。男としての美学だ!」というのをみんなで説き伏せて手術をしてもらいました。「あなたが存在しているだけでもわたしたちの支えなのです」と。結局帰らぬ人になりましたが、その期間のおかげで職場のシステムの作り直しだけではなく皆のこころに準備ができました。あの半年間にわたしを含むスタッフ全員が突然成長したと感じました。

昨年9月に亡くなった愛犬の場合もそうでした。彼はわたしたち夫婦の「こころの準備」が出来るまでちょうど1週間だけ、逝くのを待ってくれました。おかげで、こころ安らかに彼を送ることが出来ました。

運命は何も変わっていないのに、パニック状態から静かに受け入れのこころに代われるのは、きっとニンゲンが生きるために前もって備えておいた逃避能力のひとつなのだろうと思います。

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