心の傷
以前も紹介したことのある医学雑誌MMJの「からだの歌 こころの歌」の九月号にまたひとつ気になる句が載っていました。今回のお題は「傷」。
何事も無かったように
かさぶたが閉じゆくように日常続く (川本千栄)
解説にはこうあります。
「・・・作者は、心が深く傷ついた経験をそっと詠っている。傷口を覆ってかさぶたが閉じるように、心の傷もふたをされ、日常は続いていく。けれども、「~のように」の繰り返しにはどことなく屈託が感じられる。皮膚の傷はかさぶたができて治っていくが、心の傷は覆い隠そうとしても、思いがけないときに再び血を噴き出して、痛み始めることがある。」
この句を読んだときに、わたしが感じた「寂しい感じ」の理由を、解説は見事に云い当てていました。何事もなかったかのようにきちんと癒えてしまえるなら何も申し分ないけれど、完全に治りきれない傷をかさぶたで隠しながら生きている自分が居る。そんな自分に対する苛立たしさと、いつ再び傷が口を開けるかという不安感とが、この淡々とした句には感じられました。
産業医としてのわたしの仕事の中で、メンタルケアの占める割合がどんどん増してきているような気がします。彼らを見、彼らと話していると、多くの場合にこの句を読んだときとまったく同じ淡々さを感じるのです。彼らの気持ちをうまく代弁した句だと思いました。
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