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主観の入る検査

人間ドックの検査には、判定に担当医の主観が入るものが少なくありません。例えば、眼底検査・・・昨年は「軽度動脈硬化あり」だったのに今年は「異常なし」になったとか、あるいはその逆だとかいうことはよくあります。判定の定義そのものが半定量的(つまりは主観的)な上に、年齢や他の病気の有無や喫煙の有無などを考えて判断することになれば、判定する医者各々の経験や医療観が絡んでくるのは当然といえば当然です。

それは胸部レントゲン検査や胃内視鏡検査、あるいはわたしが担当している心電図検査にも云えることです。そこにある所見が出たり消えたりするわけではありません。そこに見えている絵(所見)に意味があるかないかの考え方の差が出るのです。

それを「いい加減だから信用できない」と云う人もいます。たしかに何も変わっていないのに「異常なし」だったり「異常あり」だったりするのは困惑するでしょう。心電図検査などは数学的な判定基準があるのだから機械が勝手に所見を出します。それをそのまま答にするならそんなバラツキはないはずだ!これは医者の見落としではないか?と疑念を持たれたこともあります。

検査結果の判定が機械的ではないからこそ良いのだとわたしは思っています。機械的な評価をすれば良いのであれば機械メーカーが作ったロボットが白黒つければ良いでしょう(世の中に「異常」ということばが大量に溢れてくるでしょうけれど)。でも、そこに専門医の経験値が加わるからこそ、その検査の「絵」に実体(命)が生まれるのではないかと思うのです。もちろん、がんの見落としがあったのでは本末転倒ですし、「異常なし」が一転して「要精密検査」になるのはあまりに考え方が違いすぎますが・・・。

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