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ね。

「こちらにしばらくおかけくださいね。」「お待たせしていますね。申し訳ありませんね。」「次は○○番の部屋に行ってくださいね。」・・・うちの職場のスタッフが仕事中に受診者さんに話しているのを聞きながら・・・やっぱり、おかしい!と思ってしまいます。

「お座りください。」「お待たせしています。申し訳ありません。」・・・これで十分です。というよりこっちが本当の使い方で、わざわざ礼儀正しくていねい語を使っておきながら、最後に「ね」をつけてしまったら、その途端にタメ口になってしまいます。「ね」ひとつで、フォーマルがカジュアルに変身してしまいます。せっかくタキシードを着たのにスニーカーを履いてしまっています。よく最近は自分のことに対しても「~しますね。」という云い方をするのを聞きます。どうも、話す側は「ね」をていねい語だと勘違いして、「ね」を付けることでよりていねいで柔らかい話し方にしようとしているのではないかと思うのです。

ことば使いは常に進化(ではなくて「変化」ですね)します。場の多くの人が、この「ね」に違和感を感じないのであればやむを得ませんが・・・でも、やっぱり変だよ!と思う偏屈オヤジなのであります。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

同感です。
偏屈でもなんでもないです!!!うん。
またもやビンゴの内容に、うわー以心伝心かと、恋人のような心境です。

本当に【言葉】は難しいです。本当によく悩みます。
それぞれのクセ(口癖)だったり、別に他意なく思ったままの言葉を使って、それがなんのトラブルもなくコミュニケーション出来るのは、きっと気心を知った友達同士だから成立するものですよね。
僕も基本的には、仕事柄でしょうか、人に言葉を掛ける直前の一瞬に【時と場合によっての使い分けが必要で→】【自分の言葉が相手にどう伝わるだろうか】と考えるようにしているのですが、これまたなかなか難しいです。もう悶々としてしまいます。
言葉は言うだけじゃダメで『受け手』(相手)があってはじめて成立するから、受ける側の感情なり姿勢なりがかなり関わってくる。
それをふまえた上で最低限、受け手の事を考えた言葉をチョイスして使うのは、かなりエネルギーがいりますよね…。

個人レベルでこの事を語って認識し合うのはカナリ難しいから、何か『言葉の研修会』とか『コミュニケーション向上研修会』みたいなものがあれば、身をもって考えられていいのかな〜と思います。ロールプレイとかいろいろ。


考えすぎるという、胃に穴があきそうになります。それでも、言葉を考えるのは、人を考えることだから、楽しい。


投稿: キノシタ | 2009年12月18日 (金) 20時19分

キノシタさん

毎回書き込みありがとうございます。
言葉は本当に難しいです。私も毎日他人と話をするのが仕事ですが、一言一言に神経を使うのはきっとキノシタさんの方がはるかに上でしょうね。言葉は人を天国にも地獄にもさせる。そんな本が我らが鎌田先生の「言葉で治療する」。まだ読んでいませんが・・・。

投稿: ジャイ | 2009年12月19日 (土) 06時32分

うわ。鎌田先生。
さっそく読みます。

難しいのだけど言葉が好きだから、僕はシンガーソングライターが好きなんだろうなと自己分析したりします。
詩も好きです。
谷川俊太郎。高村光太郎。
高村光太郎は、檸檬も好きですが、僕が一番好きなのは、【生命の大河】です。是非。

投稿: キノシタ | 2009年12月19日 (土) 10時19分

キノシタさん

私も日本語が好きです。詩や詞に託された一言一言のことばの重みを慮るのが好きです。

「生命の大河」・・・是非。と言いつつ、積読の整理をせねば。

投稿: ジャイ | 2009年12月19日 (土) 12時16分

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