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ばあちゃんの料理

「ばあちゃんに『今日は何が食べたい?』と聞かれて、食べたいものを云ったら食べきれないほどのごちそうを作ってくれて、正直とても困りました。」

先日わたしの知人がしみじみそう云っていたのを聞きながら、いろいろなことを思い出しました。かわいい我が孫のため、孫の好きなものを腕に縒(よ)りをかけて作ってくれるのは自然の摂理・・・きっと我が子のためよりももっと愛情を込めて作ってくれるのでしょう。「こんなに食べきらん」と云うと「若いモンが何云いいよんのかえ?食べんと大きくならんので。はい、遠慮せんでどんどん食べよ!残したらいけんので!」・・・わたしのばあちゃんもいつもそう云ってました。おかげさまでわたしのカラダはとんでもなく膨らみました。腰巾着のようについて廻っていたわたしのばあちゃんはわたしが高校生のときに他界してしまいましたが、世のばあちゃんにとって、子は何歳になっても子であり、孫は何歳になっても孫であり、メタボの腹を抱えた青年~中年になってもまた、ばあちゃんはたくさんの料理を作ってくれることでしょう。「最近ちょっとやせたんじゃないの?嫁さんからあまり良いもの食べさせてもらってないんじゃないの?」などと云いながら。

くだんの知人は、「最近は、『ばあちゃんが食べたいものを作って』というようにした」のだそうです。そうしたらばあちゃんが作ってくれる料理は、それが煮物であり焼き魚でありみそ汁でありお浸しであり、料理の量は少なくないけれど、健康的なバランスのとれた料理ばかりになったそうです。日本の伝統食は、古来から抗酸化物質が随所に含まれています。<粗食>であることが大事なのではなく、古来からの生活の知恵は栄養学を意識しなくてもしっかりと理に適った絶妙なバランスになるのだということを物語っているように思いました。

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