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おさめどころ

「切れる」ことがあります。

誰にでも、がまんの限界を超えてしまう瞬間があります。極めて従順な我が家のワンですらがまんしきれずに私の手を噛んだことが何度かありましたが、わたしもまた(昔に比べてかなり少なくはなったものの)、いまだに「切れる」ことが時々あります。

いつものご乱心!とばかりに「触らぬ神に祟りなし」とその場から姿を消す者、突然の豹変にたじろいて下を向いて立ちすくむ者、何云ってるんだ!と反発する者、どうしていいか分からずにアタフタする者・・・わたしが「切れる」と、周りではいろいろな反応があります。それは、昔からあまり変わりません。

ただ、おそらく誰もがそうでしょうが、切れたくて「切れる」わけではありません。うちのワンがわたしの手を噛んだ瞬間に我に返って尻尾を巻くのと同じように、抑えきれずに切れてみたものの、そこで大立ち回りをした自分は、振り上げた腕をどうやって下ろそうかと思案しなければなりません。もちろん怒りはそう簡単には治まりませんが、それでもワナワナする拳を握り締めて震える唇でひとしきり爆発させてしまえば、スッと冷静な自分が支配し始めます。その時点で、その場の空気を治めるおさめどころ探しが必要です。そこに尋常ではない空気を生み出したのは、どちらか一方だけの責任というわけではありません。何事もなかったかのようにそのまま日常に戻るか、「大人げなくてごめん」とわたしが頭を下げるか、「配慮が足りませんでした」と原因になった人がわたしに頭を下げるか、まあどれかです。皆がそうやって少しずつ大人になっていきましょう。

人生、日々修行なり。

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