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信望

同級生に、わたしがとても信頼しているナイスガイがいます。

以前、わたしたちの仲間うちでちょっとした問題が起きました。解決するには何かと厄介な事柄が山積していました。このとき、わたしの信頼するそのナイスガイがリーダーシップを発揮して皆を動かし、見事に解決させたことがあります。先日、あのときの彼のことが話題に上りました。「あいつは自分の地位を利用した。地元企業の社長である彼が声を掛ければ利害関係のある連中は皆イヤだとは云えず協力するのが当たり前だ。」と云う人がいました。一方で、「彼はそんな男ではない。彼にとって仕事上のメリットがないあの問題に一生懸命だったのは、彼の『男気』に他ならない!」という反論が出て、ちょっとした云い争いになりました。

彼は、地元の老舗企業を引き継いだ青年実業家です。彼を必要とする人間はたくさんいます。人が彼に助けを求める時、そこには大きく2つの要素があります。彼が築いてきた社会的地位と彼自身の人柄です。それを合わせて<人望>と云うのでしょうか。・・・云い争いをする友人を眺めながら、わたしはじっくり考えてみました。彼は社長としての地位を利用しなかったか?いや、きっと最大限利用しただろう。持っている人脈を可能な限り使ったに違いありません。だから彼が声を掛けたたくさんの人たちが皆動いてくれたのです。でも・・・それでは彼と同じく地元の老舗企業の若社長である他の同級生がそれをしたらどうだっただろう?その彼も十分成功している同級生の一人ですが、きっと結果は同じではなかったと思います。その差は何か?それが人柄であり、信望なのではないか。彼の持つカリスマ性は、わたしの尊敬する元ボスのような<親分>ではなく<兄貴>だという気がします。「会社は守らなければならないけれど、それ以上に働く従業員全員の満足感を守るのがボクの使命だと思うんだ。」・・・急逝したお父さんから社長業を引き継いだときにそんなことを云っていたのをふと思い出しました。

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