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記憶

子どもの頃や学生の頃のできごとを事細かに覚えている友人が居ます。
「小学校4年生の○月○日に、クラスの△さんがこんなことをしでかした!」などというあまりにも細かすぎる記憶。「なんでそんなことを覚えているの?」と聞くと、彼はこともなげに「何か、覚えてるんだよね」と答えるのです。記憶の加算ではないか?と勘ぐりたくなりますが、状況証拠からして大筋に間違いはないだろうと思います。何しろ他に覚えている人が居ないから、確認できません(名指しされた△さんもきっと覚えていないでしょう)が。

一方、TVの高校生クイズでマニアックな問題をこともなげに解いていく彼らの記憶力もまたすさまじいと思います。授業中の先生の一言やテレビで観た何かの画面がそのまま頭に画像として残るらしい。でも彼らが、冒頭のような友人の記憶を持っているかというと、おそらくノーでしょう。彼らは無意識のうちに必要か必要でないかの選択をして、意図的に記憶を整理しながら仕舞い込むのだと思いますから、覚えておいてもメリットがなさそうな記憶は最初に切り捨てるような気がします。「記憶」は人間の持つとても素晴らしい機能のように思います。パソコンや写真の方が正確に記憶できるのかもしれませんが、人間の記憶にはそれ以上の魅力があるのです。それは「記憶」に限らず目にも耳にも云えることですね。

「・・・人間の記憶は、カメラで写真を撮るように正確なものではありません。記憶は事実ではないストーリーを作ることも行ないます。記憶の断片を引っ付けたり、他人に誘導尋問をされて本当は起こっていないことを起こったことと思い込んだり、希望を作ったりして記憶を想起したりもします。脳は自分が望む記憶を編集することも多いのです。つまり、記憶とは記録ではなく思い込みともいえるのではないのでしょうか。・・・」(記憶のメカニズム

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