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経験主義(2)

春日先生はその数ページ前の「わたしならこう答える」にはこう書いています(P12)。
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リエゾンでがんの終末期患者の枕元を訪れたときに、「あんたみたいに健康な奴に、俺の苦しみや恐怖がわかってたまるか!」と怒鳴られたとしたら、わたしは答えるだろう。
「おっしゃる通りです。わたしは健康ですし、あなたではないのだからあなたの苦しみを体験することはできません。ただし、自分なりに過去のつらい経験をもとにあなたの気持ちを類推しようと努めていますし、もしわたしがあなたと同じくらいに苦しんでいたら、知恵を出す余裕もなくなってしまうでしょう。今のわたしは、あなたよりも苦痛が軽くなくては使命を果たせないのです」 偏狭な経験主義に屈する必要などないのである。(後略)
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あるいは本文「泣く医者」のくだり(P56)では、
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・・・なるほどこうしたロジックはある意味では正しい。がんの医者や統合失調の医者のほうが、患者の気持ちをよりリアルに理解することは可能でしょう。ただし、共感のみが医療のすべてではない。ひとごとだからこそ冷静に判断を下したり、多少なりともつらい手術や処置をきちんと行うことができる。偏狭な経験主義には、ある種の自己愛にも似た傲慢さがあるのです。
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「たばこを吸ったこともない人に禁煙の辛さなんかわかるものか!」とか、「恋愛経験も失恋経験もない人に<恋とは>など気軽に語ってほしくない!」とか、「受験浪人を経験したひとにだけその素晴らしさが分かる!」とか、そういうことは昔からよく云われます。でも、経験主義の是非を問いたくて書き写したのではありません。・・・「こういう屁理屈って、いいな」と思っただけです。まだ、「『治らない』時代の医療者心得帳-カスガ先生の答えのない悩み相談室」(春日武彦著、医学書院)は読み始めたばかりです。真の内容についてはまた改めて書きます。

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