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人間ドックって何?

「検査メニューの割に人間ドックの料金が高すぎる!」・・・先月の宿泊ドック受診者からのアンケートにこういう内容が数件続きました。「午後にムダな時間が多すぎて、もったいない」「この程度のメニューならうまく詰め込めば1日でできる」・・・こういう意見は昔から何度もいただきますが、最近の方が増えたかもしれません。サービスを提供する側もされる側もいつの間にか何かを忘れてきている気がしてちょっと気になっています。

「人間ドック」という日本独特のシステムはなぜできたのか?ある政治家が、仕事で疲れたカラダと心を休めながら、カラダの隅々を点検するために1週間近く入院したのが始まりだと聞いています。だから、船のドックに準(なぞら)えて『人間ドック』という名前にしたのです。つまり、そもそも『健診』と『人間ドック』は別のモノでした。「カラダの隅々まで細かくチェックして病気を見つけだす(=健診)」だけでなく、「俗世を忘れて心とカラダのリフレッシュを図る」という重要な目的があったからです。でも、時間の効率化と検査の高度化が人間ドックの売りになり、検査に関係ないもの(食事会やヒーリング体験など)は徐々に排除され、結局いつの間にかただの「高価な健診」になってしまいました。

うちの健診センターができたとき、フロアに時計を掛けませんでした。「ドック受診中だけは俗世から離れて、時間など気にしない空間と時間であってほしい」という願いが込められたからです。受診者さんからは不評でした。いつの間にか小さな時計が置かれるようになりました。「何時までには帰りたいから急いでくれ」という要望も増えました。それが現代社会のニーズなのだ、だからそれに合わせないと誰も受診しなくなるのだと、経営陣は主張します。でも、このまま行くと結局ただの健診屋に成り下がりはしないか?「高性能のCT検査で専門医が診断してくれます」という謳い文句より「日常のしがらみをリセットして新たな活力を漲(みなぎ)らせて再出発できます」の方が、本当は現代社会では必要ではないか?それは決して『贅沢』ではないと思うのです。・・・わたしはこれから、『健診』と『人間ドック』の違いをできるだけ意識することにしました。

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