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日本人はすごいぞ!でも・・・。

未曾有の大災害から10日。まだ全貌が分かってない上に進行している部分も少なくない中で、少しずつ復興の兆しが見え始めてきました。たくましい姿にただただ感動です。

「日本では、こんな極限状態でもどうして暴動や略奪が起きないのか?」・・・避難所であれだけ過酷な生活を強いられても冷静で秩序正しく振舞っている被災者の皆さんの姿が、多くの外国人には極めて奇異に映るのだというニュースを読みました。日本人としては至極当たり前のことだとは思いましたが、自分が被災しているにもかかわらず周りを気遣い、自分のものをまず周りに回そうとする姿はやっぱりスゴイと思います。それが日本人。日本人はいつも周りのことばかり気にして、いつも道徳的で決して周りを出し抜くようなことはしない。だからそれが「優柔不断で自分では何も決められない人種」というレッテルを貼られていたわけで、その汚名が返上されたことを嬉しく思いました。

ただ・・・やはり気になります。「本当に苦しくて辛い生活をしています。でも、私だけがこんな思いをしているのではなくて、むしろ私よりも大変な人がたくさんいることを思うと甘えてはいけないなと思います。」「私はおかげさまで生き伸びることができました。不幸にして亡くなった方のことを思うと、私は弱音なんか吐いてはいけないんだと思って、頑張っています。」・・・「東北の人は我慢強いよね。」と妻は云いますが、それが本心であれ本心でないのであれ、危ないと思うのです。無意識に自分のストレスを抑え込んで、とにかく今は「頑張らなけりゃ!」と云って聞かせているわけです、自分に。強いな!と思うのだけれど、そのままだと絶対壊れる!一段落してから、落ち着いてから、気持ちが緩んだ瞬間にうつ病や自殺が増えるのはそのせいかもしれないのです。

今からが、勝負です。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

 キュブラ・ロスが「生存者の罪悪感」と呼んでいたものと同じかも知れませんね。大事故などの生存者が「何故自分が生残ってしまったのか」と自己を責めることです。ロス博士は「それは神が決めることで人間が関与することではない。問題は生きる覚悟があるか、ということ」と喝破されてました。
 東北人も生残った罪悪感から黙々と復興活動をしている傾向があります。いずれ燃え尽きるのではないか、と心配です。
 もっともそれは近代資本主義の影響でロス博士のいう神、日本でいう
「お天道様にまかせて今日一日を生きる。理由は分からんが自分が生きてるのは神さんのお陰」
 というメンタリティが日本から消失した影響かも知れません。

 
 あと「運動する気になれん」方々へ。食べられるときに好きなだけ食べてください。眠れるときに好きなだけ眠っておいてください。不摂生の出来る幸せを噛締めてください(笑)。被災地より。

投稿: コン | 2011年3月22日 (火) 08時02分

コンさん

おはようございます。
今日もそちらは寒いことでしょう。

被災地では家をなくして避難所で暮らす人にはこちらからの援助物資が届くけれど、家が残って自宅で暮らす人には何も渡らないという事実を初めて知りました。ないガソリンを駆使し、ない店を探して、ない物資を買い集める日々だとか。そんな理不尽な差別をこちらは何も強いていないのに・・・それでも「家があるだけ自分は幸せだから」と頑張るのだとか・・・なんとも。

投稿: ジャイ | 2011年3月23日 (水) 06時17分

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