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モラルパニック

 「もう私の前で募金の話はしないで!」・・・先日仲間と開いた恒例のゴルフコンペで募金箱を回していたときに友人の女性が小さく叫びました。

東日本大震災の被災者支援のための義援金は世界中から大変な額に及んでいます。人間の助け合いの精神の崇高さには驚くばかりです。自分たちにできることは何か?できることは何でしもしよう!その気運が生活にゆとりがある人ばかりではなく、失業者や不法入国者と云われている人たちも寄付金を出さずにはおれなくさせるほどの未曾有の大惨事でした。わたしも少額ですがあちこちの募金箱に寄付をさせていただきました。ただ、この気運はたしかに周囲の空気を重くさせています。和田秀樹先生のことばを借りるなら、「震災後、心なしか、うかつなことが言えない雰囲気が漂っている。社会全体が正義のために動き、被災とはほとんど関係がない地域でも自粛と応援が当たり前とされる。・・・これが息苦しいと言えない、言ってはいけないことろがモラル・パニックなのだろう・・・」。

回ってきた募金箱にできる限度で募金をする。「別に強制ではないですよ」と云いながら、うちの職場では「一口1000円以上」という注意書きが付いていました。回って来た募金箱をパスさせると「エアー募金」と批判され、なにがしかの金を入れないのは許されない空気があるのは事実です。冒頭の友人は職場だけでなく所属するいろいろな組織から執拗な募金要請があり、「任意」と云いながら明らかな割当と役職に比例したノルマがあることに対して怒り心頭に達していたわけです。『見栄も正義』というのも日本特有の文化ではありますが、モラル・パニックは自分のメンタルを破壊する危険性があるので、要注意です。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

検索エンジンでモラルパニックと打ったときに出てくる
ウィキペディアの項目を見れば、
ちょっと意味がずれてしまってるような気がしますが
本当解ります。
そのようなのは最悪ですよね。
いろいろ無限に台無しですし。なんでなんでしょうかね
・・僕は普通に近いといわれる定型ではないタイプの人間なのでそうゆうのは解りません(-_-)
ただ定型のこの世界に対しては閉口します。(>_<)
そもそもを言い出したら本当に全てで、きりがないですから(^O^)

投稿: さくら学園鳥 | 2013年2月 7日 (木) 14時29分

さくら学園鳥さん

コメントをありがとうございます。
このブログを書いた後、昨年はうちの近くでも未曽有の大惨事がありましたが、寄付やボランティアも含めて東日本大震災ほどの強制はありませんでした。でも、こちらの方が正直なところ心から援助したい、どうやったら貢献できる?と考えたモノです。やっぱり身近だからでしょうか。

Wikipediaで「モラルパニック」読んでみましたが、何度読んでも理解できませんでした(笑)

投稿: ジャイ | 2013年2月 7日 (木) 21時28分

 ムムム…。どうなんでしょうね? 某日本赤十字社に集まった云十億?円の募金はどうなったんでしょう?
 「愛は地球を救う」のお金はどこでどうゆう風に使われてるんでしょう?
 先日、福島県の安達太良仮設住宅で「整体ボランティア」デビューしました。
 整体・指圧を指導してくれた方は群馬県の開業整体師で、二年前から定期的に福島・宮城に通ってくださってます(被害者面して何もしてなかった被災地の県民としては恥ずかしいんですが)。
 強制された偽善は無用です。今居るところで、個人で出来ることをやって下さい。「八重の桜」で吉田 松陰が咆えていたように(あれはドラマですから、ホントの松陰がどう思っていたかは分かりませんけど《笑》)。


投稿: コン | 2013年2月 7日 (木) 23時06分

コンさん

みな、何とかしなければという素直な心が始まり。どう継続させるかに温度差が出てくるけれど、この時に素直な気持ちを表現できる社会の空気があるのが健全なのでしょうね。『平等』の名の元に重いフットワークなのはいつものことですが、あれだけ身銭を切ったのに遅々として活かされない現実を見たときに、また善意の心が削がれるのは確か。ただ、『復興』はまだまだこれからだということは、恐らく日本中の人がわかっていると思います。

投稿: ジャイ | 2013年2月 8日 (金) 12時39分

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