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音痴

歌っていて、どうしても音程の違いを把握できずにずれてしまう状態を「音痴」と称します。わたしは小学校低学年のころまでは両親から「おまえは音痴だ」と云われ続けてきましたが、何となく人並みになりました。中学校のときには合唱部に入らないかと誘われましたから、「音痴」には当てはまらなかったのだろうと思います(どうも子どものころは息を吸いながら声を出そうとしていたらしいです)。

先日のテレビで、ある人の声を録音するとその人の声を使って音程の狂わない歌声を作れるマシンの紹介がありました。音痴で有名なあるタレントさんが、作られた自分の歌声を聞いて感動していました。でも、彼は本当にその違いがわかるのかな?という大きな疑問をいだきました。もともと自分の声を聞いても音が外れていることがわからないから音程が取れないのだから、自分の生歌の歌声と機械で作った歌声とを並べて聞いても、違いはわからないのじゃないのか?と。

実は、熊本の人はイントネーションがわかりません。端(橋)と箸や、柿と牡蠣を使い分けられませんし、聴いても区別できません。もともと県民みんなに聞き分ける耳力がないのだと聞いています。「これがわからないの?」とバカにしたら、「文章の前後の繋がり方を考えればイントネーションが違っても意味を間違う人なんか居ないでしょ!」と切り返されました。「何が悪いの?」と強気です。

「音程」や「イントネーション」を聞き分ける力があるから優れているとか、ないから劣っているとか、なんかそういう評価にあまり意味がないような気がいたします。

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