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だから今、「健診」!

別の団体の広報紙に連載寄稿の依頼がありました。すぐ安請け合いしてしまう八方美人の性格のわたしは、ついついいいカッコばかりして自分の首を絞めていくのであります。

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「健診とは何か?」と聞かれたら、あなたはどう返答しますか?「自分のカラダが健康かどうか、あるいは異常がないかどうかを調べること」ですか?・・・ノー!です。私なら、「健診とは、『これから生きていく上での健康に関する戦略設計をすること』」と答えます。少し大げさですが、おそらくこれが現代の健診の定義です。ところが、そこのところを臨床の医療者はもちろんのこと、健診に従事するスタッフですら勘違いしています。「健診受診率が上がらない」とか「健診が重要だということが分かってもらえない」とか騒ぐ前に、「健診は検査を受けることだ」という古い考え方を、する側もされる側もしっかり払拭することからやり直しましょう。

以前は、「検査を受けること」に重きが置かれ、「何人が受診したか」「受診率が何%か」が評価されていました。できるだけ多くの人間に検査を受けてもらい、その中からガンや結核を始めとする多くの病気を早期発見することを目的にしていました。つまり「検診」が主流でした。文字通り、<病気がないかどうかを検査する>という意味です。でも、「健診(健康診査)」は「検診」ではありません。「健診」は、健康度の確認であって異常度の評価ではありません。特定健診・特定保健指導の解説書には<健診≒保健指導>と書かれており、検査は保健指導の重きを分けるための前準備として存在するに過ぎません。ふつうの健診やドックでも基本は同様です。つまり検査を受けることだけではなく、あるいは検査で異常を見つけることだけでもなく、その結果を基にして自分がこれからどう生きていくかの具体的な目標をつくり、それを家族や社会や健診スタッフと一緒に考えて実行すること・・・ここまでを全部ひっくるめて「健診」と定義しているわけですから、まずはそういう意識をみんなが共有する努力が要ります。

(後略)

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

屁理屈医師 先生

初めまして!

ヒョンな切っ掛けからこのブログに出会わせて頂きました。

切れの良い文章で、ついついページを捲っていましたら、この「だから今、「健診」!」ページに辿り着きました。

『これから生きていく・・・戦略設計をすること』との事、
初めてお目にかかるお言葉で、暫くは私の脳裏を駆け回る事となりそうです。

私は医師ではありませんが、縁あって医学医療関係に30年近く足を引きずり込まれている、大学を含めた工学部関係者です。

いつの間にか60代も後半入りし、面倒な事は億劫になってきましたが、今後ともいろいろと勉強させて頂きたく、何卒宜しくのご教授方、お願申し上げます。

どうぞ健康にご留意の上(スミマセン! 釈迦に説法で)、益々のご活躍をご祈念、ご期待申し上げます。

                仙台市 asuka3h 拝

追伸
 私も学生等からは「屁理屈先生」と言われているようです。

投稿: asuka3h | 2011年5月25日 (水) 16時43分

asuka3hさん

初めまして。拙いブログをお読みいただき、さらに書き込みもいただきありがとうございます。

そちらは、まだまだ何かと不自由な生活だとお察しいたします。

救急医療から予防医療へ身を移して10年、屁理屈ばかりこねながらも「あいつは口先だけだ」と云われたくなくて、自分なりにもがき続ける日々でございます。

これからも機会がありましたらお立ち寄りください。

投稿: ジャイ | 2011年5月26日 (木) 00時56分

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