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巳已己

『巳(み)は上に、已(すで)に半ばを過ぎたれば、己(おのれ)は下と心得(こころう)べし』~「己は下だぞ。自分以外はすべて先生だ。赤ん坊からだって教わることはある。」「天狗になるな。頭を下げて教えてもらえ。稲穂は実るほど頭を下げる。」

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Medical Tribune2011.6.9号のリレーエッセイ<続・時間の風景>で浜松の皮膚科医五十嵐晴巳先生のエッセイの中にあった、五十嵐先生のおじいさんの口癖だったという一節をそのまま抜き出しました。医者として給料もらっているのに、どんどん医者らしくなくなっていくわたしは、こういう医学情報誌を見ても、新しい医療の知見より直接医療に関係ない文章に興味が向いてしまったりします。

わたしたちの世代ではとってもベタな教訓です。儒教色プンプンの倫理ですが、「おい、○○、ちょっとここに来い」と手招きしながら、じいちゃんだったり父ちゃんだったりが、あぐらをかいた股の間にわたしをちょこんと乗せるのです。そして、人生哲学としてのこういうベタなお説教を何度も聞かされながら、額の後ろから漂うタバコの臭いや妙な暖かさとともに、潜在意識にしっかりと植え付けられるのです。・・・最近の父ちゃんもじいちゃんも、そんなことしないんでしょうね。

ちなみに、上まで突き抜ける(巳)か、途中まで(已)か、下まで(己)かで、意味の違う3つの漢字が存在することを国語教師の母から教わったのは、わたしが中学生のときでした(中学2年のときの担任の先生の名前が利巳だったから)。変なの!と思いました。・・・蛇足です。

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