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責め上げていませんか?

生活習慣病の生活指導をする立場の方々に講義をする機会があります。今回もその準備として食事療法についてまとめながら、ふつふつと湧き上がる思いがあります。

「食べる」という欲求に対して相談をしている場を傍から見ていると、何か妙に重苦しい空気が漂っている感じがします。もしかして、指導する側の人間が「好きなものを鱈腹(たらふく)食べるのが幸せだ!」という思いを前提にして相談に乗っているのではないかという感じがするのです。

「生活が乱れているからこんなになるのだ」「病気になりたくないなら、ガマンして今頑張らないと!」といった叱咤激励をしている人は、いまだにまだ多いようです。そんな人たちは、節制するということは「食べる楽しみをガマンすること」であり、これは避けて通れない試練なのだ!と思っています。なぜなら、「自分がそうだから」。・・・自分もつい食べ過ぎることがあるけれど、自分は幸い病気がないからラッキーで、患者さんは大変だろうな。自分は運が良いな。・・・そんなことを考えているのではないかと思うのです。でもきっとそれは間違っている!それがわたしの出した結論です。

満足は満腹の中には存在しません。目一杯食べても、満足を保存することはできない。目の前の食材が多くても少なくても、大慌てで食べているとき、残り少なくなるに従って必ず焦り始め、大なり小なり不安になってくる感じ、皆さんが体感することでしょう。だから不安が起きなくなるまで食べ続けようとします。でも、苦しいほど腹一杯になっても、満足感は永遠に得られないこともまた多くの人が実感しているはずです。指導する側もされる側も、もっと自分の感覚に素直になることが幸せの第一歩だと思っています。

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