連載中のシリーズVol.3(9月号)です。
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日頃は正常だ? ~高血圧には縁がないと思っている皆さまへ~
「健診の時には”血圧が高い”と言われるけれど、家や病院では正常なんだ!ここの血圧計がおかしいんじゃないの?」と食い下がる人がたくさんいます。”オレは高血圧じゃないんだから、こんなレッテル貼られると迷惑なんだよ!”と顔全体が訴えています。そんなに怒ると血圧が上がりますよ、とつい声を掛けたくなるほどです。「深呼吸してから測り直しましょう」と、納得いく値が出るまで測ってあげる優しい健診スタッフを見ますが、本当はナンセンスです。「私は最初に測った値以外に興味はありません。深呼吸して下がったことは良いことですが、日常生活を反映しているのは最初の値です。あとはご本人の自己満足用ですね。」・・・ちょっと冷たいかなと思いながら、私はそう説明します。高血圧は、それが脳卒中や心血管疾患の直接の危険因子なだけでなく、心不全をもたらすという重大な問題点を併せ持ちます。長い期間の圧力負荷が心臓をボディブローのように打ち続けて徐々にへばらせるのです。高血圧も潜在性の心不全も自覚症状がないのが何より厄介です。そんな高血圧に関わる最近の話題をこの機会に再確認してみましょう。
●仮面高血圧
病院や健診では正常値なのに家庭や職場では血圧が上がる状態を「仮面高血圧」といいます。高血圧治療ガイドラインに示されたのは2004年ですが、最近やっと世間の皆さんや先生方が意識し始めた感じがします。仮面高血圧の人が心筋梗塞や脳卒中になる危険性は、いつも高い(持続性高血圧)人と同等かそれ以上だということがわかっています。さらに頚動脈の壁の厚さや心筋肥大の程度も持続性高血圧と同じです。つまり、仮面高血圧は自分の知らない間に持続性高血圧と同程度以上の危険性をはらんでいるわけです。一番問題になるのは早朝高血圧と職場高血圧ですので、朝起きて1時間以内の血圧や昼休みの血圧などを測ってみてください。高血圧の内服治療を受けている人は内服前の血圧を測ります。高くても内服したら下がるから大丈夫と思っている人がおりますが、それでは治療の意味がありません。高くなっている時に脳卒中になるからです。「血圧はいつも正常でなければならない」というのが、現在の考え方です。ちなみに、白衣高血圧(日頃は正常なのに病院や健診の時だけ高い)の危険性は正常血圧の人と同等だからあまり心配ないと言われてきましたが、最近、白衣高血圧は将来持続性高血圧になることが少なくないので、やはり早期からきちんとした生活管理をすべきだと考えられるようになりました。
●「ちょい悪血圧」~正常高値血圧
メタボの基準の設定に合わせて、高血圧治療ガイドライン2009に「正常高値血圧(130-139/85-89mmHg)」が加わりました。「血圧がちょっと高めなので今のうちに注意しよう」という値です。『ちょい悪血圧、ご用心』という見出しの記事が2008.9.19に朝日新聞に載りました。国立循環器病センターと大阪市医師会が共同で17年間追跡調査した結果、男性の場合、血圧がたとえ正常範囲内でも120/80mmHg(至適血圧)を越えると心筋梗塞・脳卒中になる人が2倍に増えたという報告です。血圧は常に血管壁に圧力を加えているので血管内皮に小キズが絶えません。その小キズを通して酸化したコレステロールが入り込んでいくと動脈硬化になります。食後高血糖ではさらにコレステロールを吸い込みやすくします。ですから正常高値血圧であっても、それにメタボ系の危険因子が加わると1ヶ月の内服開始猶予しか与えられませんし、糖尿病などを併発していたらまだ高血圧症でもないのに直ちに降圧剤治療を開始しなさい、とガイドラインは強く主張します。血圧の基準値はどんどん下げられているのです。
日本人は、医者も含めて高血圧に妙に寛大です。ガイドライン上は明らかに内服管理が必要な値なのに、塩を控えてやせればまだ大丈夫、などと容易く言う医者がたくさんいます。私が健診の世界に移ってきたころ、140/90mmHgを「ちょっと血圧が高めだから注意しないと高血圧になりますよ」などと説明する保健師さんが多くいました。140/90mmHgは立派な高血圧症でしょ!「あなたは病人だから今すぐ治療しなさい」という意味だよ!・・・必死にそう叫びながら、その温度差に閉口したものです。血圧はいつも変化しています。活動中に上昇するのは当たり前です。数字に躍らされてはいけませんが、症状がないからといって数字を無視してはもっといけません。おそるるなかれ、されどあなどるなかれ高血圧!・・・もう少し自分の血圧に興味を持つことをお勧めします。
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