完成すると伝わらなくなること
今年も生活習慣病に関する講演をいくつか引き受けていますが、何か話していてもしっくりきません。「分かりやすくて良かったです」とは云ってくれますが、これは基本的に社交辞令なので・・・。というか、「もっときちんと伝えられるはず」という歯痒い思いでモヤモヤしています。毎年同じような題材での講演を依頼されるので、内容とスライドを少し更新するとはいえ基本は同じです。同じなのに、毎回同じことを話しているつもりなのに、何か年々しっくりこなくなっていく気がしてなりません。
以前、初めて某ネットビジネスのセミナーに参加したとき、とてもダイナミックに熱く健康を語ってくれる女性がおりました。同じ説法仕事の立場として、凄いな!と感動しました。精力的に全国を飛び回って、その筋ではカリスマ的になったその方の話を再度聞く機会を得たのはそれから1年後でした。とても楽しみにしていましたが、実は思ったほどの感動がありませんでしたし何か伝わってくるものが消えている感じがして残念に思ったことを思い出します。彼女の情熱が枯れてきたのでも、彼女が疲れていたのでもなく、むしろ最初よりはるかにバージョンアップされた内容でした。しっかりとした科学的データも織り交ぜ、ほぼ完成品に近い内容でしたし、当初は白板によく見えない走り書きだったのに、きちんとパワーポイントで整理されたスライドとして作り直され、話もとてもスムーズでした。
きっと、何度も話すうちに徐々にムダが省かれ必要な内容が増えて重厚で内容の濃い完成品ができあがっていったのだと思うのです。なのに・・・?内容を完璧なものに近づければ近づけるほど、受け手へのインパクトが弱くなり、「伝えたい」という思いが空回りしてしまうような感覚なのかしらと、おぼろげに考えています。それでももっとココロの奥に伝える工夫をしなければならない・・・それが伝道師としての使命ですかね。
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