先日ここでちょっと紹介した連載コラムの記事が無事に公開されました。運動に関する話はこんな形にまとめました。
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運動はからだに良いのだろうか?~運動禁忌の考え方~
●運動療法は両刃の剣
ある運動施設で運動をしている60歳以上の方50人に対して、先日、運動負荷検査や腹部CT検査を行ってみました。すると、速やかに治療を始める必要のある重篤な不整脈や高度の高血圧症や腹部大動脈瘤が見つかったために『運動禁忌』(このままでは運動は許可できない)と判定された人が8人もいました。さらに治療の継続や主治医の意見書が必要な『条件付き適応』と判定された人が9人・・・彼らは「もっと健康でいたいから運動をしていい汗を流したい」という思いで何の不安もなく熱心にがんばっていた人たちですし、運動禁忌と判定された8人は自分にそんな重篤な病気があるなど思ってもみなかったはずです。一般の運動施設には思いの外たくさんの危険をはらんだ皆さんが日夜運動に励んでいることを知って驚きました。
肥満、高血圧、糖尿病、高脂血がそろうと急性心筋梗塞の発症率が30倍以上に跳ね上がります。特定健診で“積極的指導”や“動機付け指導”の対象になる人たちは、まさしくそんな危険な人たちです。それだけ危険をはらんだ身体であるにもかかわらず、彼らが運動を始めるにあたって、運動負荷検査が義務付けられていません。そんないつ何が起きるかわからない人に「メタボだから、まずは運動を始めましょう」などと助言し、一念発起してがんばり始めようとする人がいる・・・怖い話です。少なくとも、運動を始める前の血圧が高度(III度)高血圧であれば、まずそれを治療してからでないと運動はできません。コントロールが不良の糖尿病を指摘されたら運動を始める前にまず内服や食事療法でしっかり血糖値を安定させなければなりません。高度肥満の方もまずは食事療法で体重を落としてから運動を始めないと身体を壊します。疲れがたまっていたり睡眠不足のとき、あるいは感染症が治っていないときは運動を中止する勇気が要ります。そんなときに一番突然死が起きやすいからです。運動をするにあたっては「運動療法適応基準」とか「運動禁忌基準」とかが設定されており、おしなべて安全性最優先になっています。運動をしたがっている当事者には不満足かもしれませんが、運動療法という名の治療はそれほど危険なものだということを、する側もされる側も知っておかなければなりません。
ただ、「だから運動はしない方がいい」というのは間違いだと思います。身体を動かさなければ退化します。筋肉が落ちれば老化します。“運動”は健康的な生き方をする上で避けて通れない必須項目です。自分の身体の現状を知り(医療機関でメディカルチェックを受けるのがベスト)、自分に合った運動法を知った(健康運動指導士やトレーナーの指導を受けられると最高)上で、運動することに楽しみをみつけること・・・そこにわたしたちの求めているものがあります。
●メディカルチェックを過信しない
ただし、メディカルチェックをしておけば何も起きないかというとそうとは限りません
いつも忙しく走り回っていた会社経営のIさん。運動なんかしている時間がもったいない。食事に時間をかけている暇はない。健診なんて受けなくてもわたしはこんなに元気だ!と言っていた彼が、あるとき人間ドックを受けたのをきっかけに『健康』に目覚めました。運動は「時間がないからできない」ではなく「自分で時間を作ればいつでもできる」と言い、「まずは野菜から」などと語り始めました。おかげで1年後の健診結果は見違える成果でした。相変わらずの忙しさの中で「健康を維持するために自分を変えるのは楽しい」と言っていた彼が、ある日突然亡くなりました。原因はわかりませんでしたが、彼に関わったすべての人がショックを受けました。
高血圧と脂質異常症の治療中だった更年期前のKさんがうちのフィットネス施設に通うようになりました。口数少なく、スタッフともあまり会話を交わすことのない彼女でしたが、運動など縁もなかった生活から一変して黙々とまじめにがんばったおかげで、3ヶ月後の検査でデータの改善がみられました。ところが、そんな彼女が脳卒中を起こして緊急入院しました。運動から帰ってきてから「少しきつい」と言って横になったまま動けなくなったのだそうです。わたしたちは病室に見舞いに行きました。付き添いの娘さんが、「最近は運動に行くのをいつも楽しみにしていたのに」と残念そうに語ってくれました。
彼らは定期的にメディカルチェックを受け、その都度運動処方を評価して無理しない運動を心がけていた方々です。そんな人でも事故は起きるのです。ですから、日ごろよりちょっと疲れやすくなったとかいつもと何かが違うと感じたときに、「歳のせいかな」「少し運動量を減らして様子をみよう」などと思わずに、すぐに医療機関に相談に行く勇気も必要です。
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