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忙しがり屋

いつも何かに追われて生きてきた気がします。いつも、何をしなければならないか、まだ残っている仕事は何か、毎日何度も確認しながら生きてきた気がします。

それがいまだに沁みついていて、休みの日に朝から何もすることがないと、何か大事なことをし忘れているのではないかと不安になります。最近は、依頼される講演の数も減りましたし、抱えていた連載コラムも1つになり、職場で任せられている企画も特にないし、きっとのほほーんとして生きていても大丈夫だと思うのに、何かせずにはおれずにいます。変えなくても大丈夫なスライドをあえて変えてみたり、することがないと掃除を始めてみたり、facebookにちょっかいを出してみたり・・・わかっているんです。何もしないで前進が止まった時点で人間は堕落が始まる、医者としても人間としてもそれでは生存の価値はない、とわたしに厳しく教え諭していただいたのは今は亡き職場のボスですが、きっと何もしなくての何も変わらないということ。単なる貧乏性で小市民で心配性なだけだということも。かと云って、今のうちに読んでおきたい本やDVDを見たり、行きたかった研修会に参加したりするいい機会だとは思いながら、三の足も四の足も踏んでいることの方が、本当は問題なのかも知れません。

こうやって反省も学習もするんですが、行動に移せないはがゆさ、なう。

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