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上を向く。

春になりました。庭の草も元気よく伸び上がり、いよいよ草刈りの季節が始まりました。これを日曜の朝にひとりでやっていると、自然と思索と哲学の時間が生まれます。

辺りかまわず我が物顔に伸び放題の草を抜いているとき、ふっと後ろを振り向くと、驚いたことにさっきまで偉そうに上を向きまくっていた草の仲間たちが、まったく目立たないのです。わたしは居ませんよ、と云いたげにうつむいて存在を消しているのです。「あれ、さっきまでそこに居たろ?」と声を出したくなるくらい。植物は、こうやって仲間の断末魔の悲鳴を聞きとって生き延びる手段を講じるのだということを以前聞いたことがあります。

その姿を見ながら、わたしはそれを人間に当てはめてみたりなんかするわけです。上を向くか下を向くかでこうも印象が違うんだなあ。力のない者ほど偉そうにふんぞり返っているとか、実るほどこうべを垂れる稲穂かなとかをすぐに考えるお方もござりましょうが、わたしは全然逆のことを考えておりました。「下向いてたら、誰にも気付いてもらえんぞ!大して実力もない、イケメンでもないなら、せめていつも上向いて歩こうぞ!」と。

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