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『わかっちゃった人たち』

   自分に起こった
   目覚めや悟りと呼ばれるシフトについて、
   普通に生活している7人が
   経験を素直に語った。
   そのとき何がわかり、何が変わるのか?

先日読んだ「わかっちゃった人たち~悟りについて普通の7人が語ったこと」(サリー・ボンジャース編、古閑博丈訳、星雲社)のカバーのことばです。今話題のベストセラーですので興味がある方は直接お読みください。この本の内容は書きませんが、本書の序文にあったジェフ・フォスター氏のことばは印象的だったので抜粋してみます。

「・・・個人には絶対に<源泉>を見いだすことができない。と言うのも、そもそも個人は初めから<源泉>の完璧な現れだからだ。これが、死ぬまでずっと探求を続けるという事態が起こってもおかしくない理由。続けてしまう人が実際にいる理由だ。探しているものがまさに目の前で自分の顔をじっと見つめているのに、それに気づかない。なぜかと言えば、探求するのに忙しすぎて、それどころじゃないのだ!」

今回、話題にしたかったのは実はこの本のタイトルです。「わかちゃった人たち」・・・わたしのこの本を友人が手に取って、「これ日本の本?」と聞きました。「いいや、これはオーストラリア人の本の翻訳本」と答えると、うなづきました。「これ、タイトル考えたヒトが偉いよね。原題が何か知らないけれど、このタイトルだから『おもしろそう』と思って実際に手に取るんだもんね」と。本書の原題は、「Everyday Enlightenment ~Seven Stories of Awakening」これが現地の人にとっては魅力的なのかどうなのかは知りませんが、たしかに、これを元にして作ったタイトルが「わかっちゃった人たち」。内容がどうこう云う前に、読んでもらわないと始まりません。云われてみれば、とても良いセンスだと思いました。

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