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未必の故意

相変わらず多い「精査未受診者」。その理由は”多忙のため”・・・それが単なる「本当は面倒くさいから」という意味の云い逃れであろうことを察しながら、「とりあえずやるだけのことはやったからね」と健診機関側も云い訳をしながらパソコンに経緯を入力して受診追跡を終了させるのです。

わたし、基本的に「もしかしたら突然死するかもしれない」という所見にしか心電図の精査指示は出さないことにしているのだから、本当は”多忙の”ヒトほど危ないのですが、相手がそれほど深刻にとらえないのですよ。きちんと結果説明時に所見の意味を話しているのに受診しないのは、『がんを強く疑う』とかと違うから切迫感がなくて、「面倒くさい」「同僚に迷惑をかけてまで仕事を休むほどではない」ということになるのでしょう。突然死の可能性が他のヒトより高いとは云ってもその確率はたかがしれています。でも、万が一突然死したときに、「こっちは『危険だから精査を!』と指示したのに本人が無視したんだから、こっちの責任ではない」といえる準備はしておかないと、と云う感じのスタンス。これは・・・「未必の故意」とは云わないのだろうか?

そんなことを書きながら、もし自分自身の心電図に精査レベルの異常を認めたら、そのときは有給休暇をとってまでして外来受診するかしら・・・と考えてみる。しないかもしれないなあ。

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