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思い出は免罪符ではない

「それは前に検査して、『異常ない』と云われているから」と、精査依頼書を無視する理由に書いてくるヒトたくさんいますけど、わたしたちはそんなことくらい承知の上で”要精査”の判定を下しておりますのよ。それも1年前ならまだしも、3年とか5年とか、ヘタすると10年以上前に受けたとか・・・そんなもの、ただの思い出日記でしかありませんがな。

3年も5年も前の結果がどうであったにせよ、それが一生同じのはずがありませんのに、一度経験したがために、かえって異常の発見が遅れてしまうのが心配なのです。場合によっては前とは全然違う所見の全然違う病気を想定しておるのに、「心電図?ああ前も異常を指摘されて検査したことあるから」とか、「レントゲン検査はいつも指摘されるから」とか、したり顔で斜に構えている皆さん・・・むかしは、こういうのカチンときてましたけど最近はあまり気になりません。基本、わたしの人生じゃないし。うちの施設の”要精査”はかなり考慮した挙句に出す結論だから危険なんですけど、わたしたちはちゃんと「必ず行ってください」と云うし、その後「ちゃんと行きましたか?」と返信が来るまで何度もしつこく声をかけるんですからね。いくら云っても、むかしの思い出を免罪符にしたがるのだったら、わたしたちの責任じゃありませんもん。

でも、くどいうようですけど、「むかし受けた検査」はただの”思い出”です。「あなたは今後これで文句を云われても無視していいですよ」とその時に云われていない限り、有効期限は1、2年ですからね。しかもあなた自身が毎年歳とって、むかしと違う人間に変身していることを忘れません様に。

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