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ありとあらゆる

「ありとあらゆる検査を受けてきた」と、高名な文化人や政治家が自慢げにマスコミ相手に話しているのを見かけることがあります。「ありとあらゆる検査でカラダ中を徹底的にチェックするために人間ドックを受けてきた」という人も。

でも、それ、ただの本人の思い違いか妄想や誇張です。あまりに自信ありげに話すので訂正してあげられずに、苦笑して聞き流すことにしていますが、「ありとあらゆる」検査を受けることなどあり得ないのです。至れり尽くせりの人間ドックでも、船のドックや時計のオーバーホールみたいなことはできません。各臓器を全部取り出して洗って磨いて傷がないか確認して掃除のぬかりない元の場所に戻すなんてこと、無理です。その代わりを諸検査が担うわけですが、検査には必ず危険が付いて回りますし、検査したことで何もなかった臓器が傷むことは珍しくありません。というか、検査のたびにカラダは傷みます。だから、必要最低限のことしかしないはずです。もしも万が一「ありとあらゆる」検査を受けたとしたら、それをした医者はど素人の犯罪者。どんなに本人が懇願しても、良心のある医者ならしやしません(どこかの常識はずれのことを平気でするお国でも、せんでしょう)。

受ける検査は最低限が良い。最低限で、でも見るべきものを落とさずにきちんとチェックするのが優れたドックであり、優れた臨床医。たくさんの検査を受けたことを自慢するよりも最低限でキチンとカラダの中身を評価してもらえたことを自慢した方がカッコいいと、思うぞ、○○さん。

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