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不定愁訴

『不定愁訴』・・・わたしたちは割と簡単にこの単語を口にします。「本人が何か深刻に訴えているけれども大したことはないんだよね。検査しても問題ないし、治療するものなんか何もないんだけど・・・」というニュアンス。しっかりと訴えに耳を傾けてそれを理解してあげながら、そのひとつひとつに時間をかけてきちんと説明してあげたら、半分以上はそれだけで改善するんだよ・・・そう教わり、それを実践し、たしかに改善する方やあまりかわらなくても喜んでくれる方がたくさんいます。もちろん、何も変わらずにまたどこかに去って行く方も少なくないのでしょうが。ただ、正直に云うと、これはあくまでもハウツーです。どこか”厄介払い”であり、”マニュアル”です。そこのところに、いつも引っかかりがあるのです。

腰痛とか神経痛とかがそうです。自分自身が今それに直面し患っているからこそ、その”不定愁訴”の感覚自体が実感としてわかります。筋骨格系の慢性疼痛の治療を受けているヒトたちの治療満足度は36%で、治療機関の変更も有症状者の半数にみられる、という統計結果があります(筋骨格系の慢性疼痛に関する疫学調査)。

●受ける側=「検査」を受けたがる⇒何か異常が画像に表れてほしい。異常がないと市民権が得られず肩身の狭い思いをする。
●診る側=「検査」に異常がない⇒そのすべてがメンタル異常あるいは”気のせい”だとは思わないが、少なくとも決定的な治療法などないのだからどうしようもない、と思っている。

そんなものなのです。このギャップをどうやったら少しでも埋められるかと考えると、結局、『不定愁訴』という便利ではあるけど嘲笑的な単語自体をなくすことから始めるしかないのだと思います。

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