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年始の固定観念

夫婦そろってダイエットをしています。我が家の夫婦の質量保存の法則が壊れて、夫婦ともに体重が減っています。当然、あまりたくさんものを食べなくなりました。

なのに、なぜか、妻は年末年始の料理の準備をそそくさとやります。大量のおせち、大量のおでん・・・「そんなに作っても食わないんじゃないの?」と云うてみるけれど、「これだけはきちんとしないと」と譲りません。「いつもそういいながら全部食べるじゃない?」と。日頃はレトルトなのに年末だけ大量のカレーも作ります。

火を使わず主婦がゆっくり休み、世の中のすべてが停止する元旦の風景は過去のこと。母ちゃんは結局朝から働くし、近くのスーパーですら初売りは1月1日の朝でした。金融機関もむしろゴールデンウイークの方が長期間閉まっていたりします。普通の連休と違って元旦は生活の区切りだから特別ではあります。だからこそ長寿・健康を祈る縁起物として、元旦はおせちであり雑煮であり餅を食わねばならない、という固定観念から逃れられない日本人が少なくありません。それでいて、おせちだけしか食わないのかというと、元旦からファミレスや回転寿司屋やハンバーガー店は大盛況。

正直云って、もったいない。ただ、このおせちとおでんの鍋を抱えて妻の実家にお年始に行くのも元旦の日課。年老いた義母もそれを楽しみにしている様子。こういう定番を、皆が無駄とは思わず矛盾とも思わず、年始の常識としての風習ととらえる日本人の想いを大事にしたいという思いもあるのですが・・・正月三が日が終わって、まだ鍋には料理が半分以上残っています。やはり来年からは少し考え直してもらいたい。

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