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医者は技術者ではない〜一浪を決めた若き君へ

高校を卒業したばかりのある若者が、今年、国立大学医学部を受験しましたが残念ながら不合格でした。ある理由で、どうしても医療関係に携わりたいという強い想いがある彼は関東の某臨床検査技師の学校も受験し合格しました。そこで、このまま臨床検査技師の道を歩むかあと1年浪人して再度医学部受験を挑戦するかを悩んだ挙句、彼が選んだのは後者でした。

その決断を皆の前で発表した時の彼を見ながら、彼が悩んでいたのが「進学に失敗して一年浪人する」という屈辱感だったと聞いて、ちょっとだけガッカリしました。わたしも一浪したけれど、そのことに何ら挫折感も恥ずかしさも感じなかったし、わたしなんか彼ほど医療に対する思い入れが強かった訳でもないけれど、医学部目指して浪人していたあのときが人生で一番充実していて見るもの全てが新鮮な夢のような一年でした。あの時に自分に芽生えた自信は、勉強だけでなく「オレはやればできる」という確固たる自信としてその後の人生の大きな支えになりました。

医療の世界に生きたいという想いは同じでも、臨床検査技師さんと医者とでは違います。最大の違いは「医者は技術者ではない」ということかな、と思います。医者は技術者ではありません。だから”曖昧”が通用します。そこのところを技師さん方はなかなか理解してくれませんが、医者は人間を人間として対峙するのが仕事です。医者として生きていく上で一番大事なことは、豊富な知識でも卓越した技術でもなく、しっかりした人生観であり経験値です。だから、一年の浪人なんて得でこそあれ何の損もない人生経験です。佳き医者になるために、これからの一年を経験できることは絶対ラッキーだったと思える日が来ると信じます。だから、間違っても試験勉強だけに没頭するような日々にならないように、と願います。

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コメント

少しご無沙汰です。

本日のテーマに一言イチャモンを申し上げます。

「医者は技術者ではない」との言分ですが、
我国は自由の国ですから、個人として何を考えようと、
ある程度の範囲であれば、何を申そうと勝手です。

しかし、漢字の意味から判断し、「医師、薬剤師、レントゲン技師、猿回し師・・・」等の「師」は
物の書によりますと「人を先導又は指導する立場の人」と
ありますが、「士」と使い分けされています。

手っ取り早く申しますと、
「師」は自ら行う優れた「職人」であり、立派な技術者であると私は考えています。

お叱りを受けるかもしれませんが「人間の修理工」と言ったところです。
近年、医療器械の発達に伴い「職人、技術者」との思想が軽薄化し、医療ミスが多発している事は嘆かわしい事です。

マア「ブラックジャックや神の手を持った外科医」は求めなくとも、見合った知識と技術は絶対条件と思われます。
最近話題の群○大学医学部事件等は典型例と考えられます。

やはり、医師を目指す学生であれば、その辺の基礎はご理解いただきませんと・・・
150年も前のドイツ医療の時代ではありませんので、
まず医学部を受験するのであれば「ドイツ語」、と言うような「文系」では後が大変です。

幾らオートマ全盛時代と言えども「マニアル車は運転できません」では論外でしょう!

医療部外者のasuka3h 拝

投稿: asuka3h | 2015年3月24日 (火) 09時57分

はーい、コメントありがとうございます。asuka3hさんからのご意見、想定の上でお書きしました。高い金をもらって人に対峙する以上、知識と技術は基本中の基本。でもそれだけじゃ「医者」とは言わせたくないのでございます。で、どっちか一方を取れと言うなら、私は躊躇なく人間性を取ります。腕のいい技術者を助手に持って彼にさせればいいことですから。職人技だけで言うなら医者じゃなくても世にたくさんおりましょう。自分に知識や技術があるかどうかを自分で判断できない人間は根本的に医者になる素質のない人。ま、そんな風に思っております。
知識も技術もないエセ医者より。

投稿: ジャイ | 2015年3月24日 (火) 11時00分

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