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最澄と空海

先日、テレビで『空海と高野山』の特集をやっていて、つい見入ってしまいました。

同じ遣唐使として中国に渡り、各々に中国密教を学んで日本に帰った後に密教を広めた空海と最澄 。詳しいことは何も知らなくても、空海/弘法大師/真言宗、最澄/伝教大師/天台宗の組み合わせくらいはちゃんと覚えております。

そんな並び称さられる二人について、「空海はいわば天才肌で社交的で、最澄は秀才肌の努力家というかこつこつ真面目にやるタイプだったんだってね」と、一緒に観ていた妻がつぶやきました。「そうか、ちょうど王と長嶋みたいなもんかな」・・・この二人をONにダブらせている人も多いことでしょう。そんな二人が最終的に決別するわけですが、そのいきさつについて調べてみるとちょっと面白い。『 年長で家柄も良くて努力家の最澄が細かすぎて、ウザいと感じた空海が横柄で無礼な態度をとったことがきっかけだ』と一般的に書かれているものが多いけれど、『二人の密教観の違い、密教に要求するものの違い』だとも云われ、これは純粋に密教を学びたかった空海と密教を学問のひとつとして会得しておきたかった最澄との違いを論じる高橋憲吾氏の解説が面白かったです。

『人物の有するこころ(志・機根)を見ようとした空海と、人物の有する学識(知識・技術・経典・論書)を見ようとした最澄との違いは実に決定的である』
『最澄が空海その人ではなく空海の所有する典籍類を必要としていたのは、その後の空海に対する行動を見ても明らかである。(中略) つまり最澄は「空海を見ていなかった」のである。空海は最後にこのことに気づいたのではないかと思われる』

王か長嶋かと云えばこつこつ努力家の王さんの方が断然好きだったわたしでしたが、これを読むと、空海か最澄かと云えば空海の方が自分っぽいかなと感じてしまった次第です。

これもご参考までに<たけしの教科書に載らない日本人の謎<最澄と空海>

 

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