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面倒くさい

いろいろなお付き合いがあります。 職場関連の勉強会や懇話会の類だけでなく、SNS仲間からの興味深い研究会のお誘い、大学時代の同窓会の案内、習い事のグループによる宴会の誘い、地元の演劇公演の案内、地区の催し事の誘いなどなど。

基本、コミュニケーション下手な私たち夫婦は、こういう誘われごとにあまり積極的に参加できません。参加しても隅の方で尻込みして時が過ぎるのを待つのが普通です。こういう機会を契機に新しい人間関係が生まれ、特にわたしなどはこういうのをきっかけに新しい知識を得たり、新しい活動に参加することで人生がまったく別物になる可能性があるだろうこと、よくわかっています。「このままじゃダメだ。もっと自分を変えなきゃ、将来一人ぼっちになってしまうし、何も残せない人生で終わってしまう」・・・今の仕事に移った頃以降、わたしは周期的にこういう危機感に苛(さいな)まれ、その都度、自分を鼓舞して意図的にフットワークを軽くさせて思い立ったように専門外の研究会に参加してみたり、懇親会に潜り込んでみたりしました。でも結局自ら質問したり話しかけたりして人間関係を築いていくことができないので、たとえ知人や上司に個別で紹介されて名刺交換したとしても、キーパーソンであるその方とその後親密な関係になることもないし、他の場で出会っても自分から声をかけることができずに、そのままになってしまうわけです。勿体ないなと思いながらも、そうやって人生は粛々と進んできました。

最近は、『自己を鼓舞しなければ』と思うこと自体がなくなってきています。何か面倒くさいのです。Facebookなどで自分と同世代の方々が精力的に飛び回っている報告を見るにつけ、「エライなあ」と感服しますが、結局そこ止まり。彼らが時折誘ってくれる魅力的な会合にも先約があることを言い訳にお断りすることが多くなりました。きっと、どうでもいい先約など反故にして、万難を排して出向いていくべきなのでしょうけれど。

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