ひとりがいい
まあ、むかしから自ら連んで何かをすることはあまりしませんでした。「今からみんなで○○に行くけど、一緒に行く?」と誘われれば拒絶することなく付いて行くけれど、自分から誘うタイプではありません。
「昼飯を食いに行く」のに連むのはどちらかというと苦手です。ヒトのペースに合わせて飯を食うことも面倒ですが、その後何をするでもないのに昼休みの時間をヒトに合わせるのが好きじゃない。店に入って飯食って店を出るまで勝手にずっとマンガなど読みふけっている友人に誘われたことがあって、一緒に食う意味ないじゃない!と云ったら、一人で食べるの寂しいから、とか云われたこともあります(今ならスマホでしょうか)が、かといって昼休みの間中だれかの悪口やグチやあるいは学問的な議論など喋られるのに話を合わせるのも難儀。自ずと昼メシは手弁当で、ひとりのテーブルを選んで、早々に済ませるようになったことは、以前ここにも書きました。
さらに、わたしがエレベーターではなくて階段を使うようになったのも、単なる運動や習慣だけでなく実は他人に気を遣うのが面倒だからという理由があります。扉が開いたら我先にとなだれ込む光景。そして一番最初から待っていたのに結局乗れなかったりする自分。中の人と目があったら乗るまで開くボタンを押して待っていてくれる。狭い箱の中で何を話すでもない赤の他人との気まずい時間。扉が開いてたくさん乗っているのを見てため息をつかれる瞬間。ひとりで乗っていてエレベーターが止まろうとすると、扉の向こうでどんな奴が待っているのかと考える自分。どれを取っても考えただけで憂うつになります。ひとりで階段登ったり降りたりしている方がはるかに楽です。
変わり者ですみません。こうやって、どんどん厭世的な人生を歩んで一人孤立する自分を想像しただけでゾッとしますね。でも、やっぱり、メシはひとりでゆっくり楽しみたいのです。
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コメント
「世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり遊びぞ我は勝れる」by良寛
私も「孤独のグルメ」を満喫してます(笑)。
ガキの頃から人付き合いは苦手でしたんで、大勢で食事したり、遊びに行ったりしてる人達が羨ましかったです。
でも試しに混ざってみたら陰口の叩き合い、圧力で仕方なく参加してるとか、全然楽しくなかったですね。ねえ、自衛隊さんや看護師さん達(笑)。
で、悟りました。別に一人飯は偏屈ではございません。豊かな時間を享受しているだけです(笑)。ただし「道友」と酒を酌み交わす時間は年に数回あります。
おそらく生涯これを貫きます。
「独り酒俺も死ぬまで吉田類」
ではもう一軒!
投稿: コン | 2015年11月 8日 (日) 01時45分
コンさん
お久しぶりです。力強いコメントありがとうございます。
お江戸旅行中のわたしは、木曜日に東京勤務時代の先輩方と、そして昨夜は中学生時代の同級生たちと会って酒を飲みました。何の気を遣うこともない楽しい時間でした。これも会うまでは、どんな顔で迎えられるのかと不安なんですけどね、結局杞憂でした(笑)
投稿: ジャイ | 2015年11月 8日 (日) 06時44分