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『幸福感と健康感』追記

昨日の記事を書きながら、「あなたは今、幸せですか?」と質問されたら、どう答えるだろう?と自問自答しましたが、「はい」のことばしか浮かんできませんでした。

10年前だったらどうだろう? 「はいとは云えません」と答えるかもしれない。
15年前だったらどうだろう? 「いいえ」と答えるかもしれない。

決して今の生活が若いころより良くなっているとは思いません。むしろ、カラダのガタはひどくなる一方だし、老いに伴う不安は募る一方です。今も、年末に痛めた腰を擦りながら書いています。心身ともに「満ち足りている」と答えるには程遠い現実です。でも「今、あなたは幸せですか?」と聞かれたら「はい」と答えるだろう、と思うのです。これは年輪でしょうか。「わたしは不幸です。なぜなら・・・」と不幸である証を並べる作業が面倒くさい。というか、その労力がもったいない。そんなことをしても全く意味がないことを知っているから。「では、幸せであると思う理由を答えてください」と云われたら「そう思うからです」としか答えられません。『不幸と思う理由』はいくつでも並べられるけれど、『幸せと思う理由』はそんな具体的なものではありません。具体的に並べられるレベルを『幸せ』と感じるなら、きっとそれはすぐに脆く崩れ去るでしょう。

そんな条件を踏まえても、「あなたは幸せですか?」の問いに「はい」と答えるであろう自分。これこそが「あなたは健康ですか?」の問いに対する「はい」という答と同等だという感じがします。『幸福感』が主観的であるのと同じくらいに『健康感』も主観的なものです。どんな病気を抱えているとか、貧困だとか、孤独だとか、健診の結果がどうだとか、いじめられているとか、そういう客観的な数値では評価できないものが『幸福感』であり『健康感』であることを、再認識させられた元旦の朝でした。

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