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慣れと諦めは違う

先日、学生時代の同級生から「どうも肩の調子がおかしくて、足先も少ししびれるのだけれど、どこか良い整形外科を知らないか?」と相談を受けました。「そうか、そういうことが気になるのか?そういうのはそのうち慣れるよ」と答えたら、ちょっとイヤな顔をされました。ギックリ腰だと思っていたけれど何ヶ月も続いているからもはやこれは老化だと悟ったという事を先日ここに書きましたが、私たちの世代では、どこかにガタがきても珍しくはなく、それを異常だと思うか思わないかで人生が変わってきます。「もう歳なのだから諦めろよ」と云いたいのではありません。痛いからしたいこともできないと悲観するのか、この程度は痛いとは思わないというのか、これは大きな違い。知覚のコントロールができればそれなりにいい人生が送れるわけです。「肩の痛みはなくなっていませんが、もう慣れました」というと諦めたのだと勘違いされますが、そうではなく、慣れたのです。2年前には毎日が憂うつで何をするのもイヤでしたが、今は何も困っていません。痛いということを忘れている時間が増えています。炎症が落ち着いて、本当に痛くなくなっているのかもしれませんが、よくわかりません。

ペインクリニックはただの一時しのぎの対症療法であって根本が治らないと意味がない、というヒトもおりますが、対症療法で生活に支障がないまま人生を全うできるのならそれでいいではないか。今から若かった頃のカラダを取り戻すために治療を受けてもどうせ五十歩百歩です。むしろ痛みを取り除く治療を続けるうちに炎症が取れて治ったしまったなんてこともよくあるはなしですし、無くなった機能を悲しむ暇があったら、今の機能に磨きをかけましょう。それが、慣れというものだと思っています。

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