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デマ

再び大地震が襲うぞ!という予言に怯え慄いた某月某日は無事に過ぎました。「そんなくだらないデマなんか信用するな」「いや、これはノストラダムスの大予言より信憑性がある」・・・巷の老若男女を巻き込んで大騒動。大事がなくてとりあえず良かった。この話題に対して、気象庁がわざわざ「そんな正確な予測ができる技術はまだない」と発表(いやいや相手は”未来人”だから予測ではなくて過去の歴史だぞとツッコむわたし)したり、「なりすましのイタズラで投稿したようだ」と云われたり。いちいち理屈で対抗したい気持ちはわかるけれど、激しい地響きとともに地面に這いつくばって逃げ惑う地獄絵図のような経験を何度もしたわたしたちには、それがデマであろうとなかろうと関係ない。とにかくその日が無事に過ぎ去ることが大事でした。それがガセネタだったからといって、ちっとも怒りはありません。むしろ、このXデーに対してもう一度あの大地震が来ても対応できるように各人がココロの準備をしたに違いなく、それは未だに余震の続く中、ココロを引き締める意味ではむしろありがたい騒動でした。

それよりも、どことかの有名な地震学者さんたちが嬉しそうな顔をして「初めて活断層を画像で捉えた!」とか「新しい活断層を2つも見つけ出した」とか騒いでいる姿の方がはるかに頭にきます。まるで新しい惑星を発見したのと同じトーンで話しているけれど、それは今発表しなければならないことなのか?「ほら、ここです、ここです!」って指さされた壁の家の持ち主にちゃんと許可得て云ってるのか? そんな発表で土地の資産価値をゼロに引き下げた責任をどう取ってくれる?という下世話な怒りもさることながら、「ここに住む限り一生、いつでも大地震に遭遇する可能性があります」という無責任な発表は、つまり一生もののデマと同じことです。こっちはココロの準備もカラダの準備もしようがない。

どちらも自分が被災した当事者じゃないから平気で云えることなのだろうけれど、被災者の目から見たら、”未来人”より”地震学者”の方がはるかにタチが悪いと思いました。

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