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着眼点

先日、保健師が聞き取ってパソコンに入力している人間ドック受診者の問診を読んでいたら、「自分の血管年齢が『90歳』となっていたが、平均寿命以上の数値を示すのは配慮が足りないのではないか、という意見をいただいた」というのがありました。

動脈硬化に関する検査から出てくる『血管年齢』や肺機能検査から出てくる『肺年齢』など、自分の検査結果が正常と比べてどの程度なのかを数値で表すことはかなり前から行われています。こういう数値の方が、云われた当人としてのモチベーションが上がりやすいのだそうです。こういう数値の根拠になっているのは、前もって準備された正常コントロール群の平均値ですが、高齢者になればなるほどコントロール群の人数が減ってしまい、実は80歳代までしかデータがないのです。冒頭の『90歳』の表現は実は間違いで、『90歳以上』というのが正解・・・つまり、検査値が80歳代の正常者よりもはるかに高い(固い)ことを示しています。

もちろんこれは、50歳~60歳代なら、「自分の血管はかなり動脈硬化が進行しているから今から注意しましょう」という意味に受け取るのが当たり前ですが、これを「自分の血管は平均寿命以上生きている連中と同じだ。長生きしている元気な年寄りと同じなんて、こんな光栄なことはない!」なんて受け取り方をするヒトが居るとは思わなかった。

「そんなの単なる屁理屈だ」「冗談を真に受けたんだ」「叱られているだけだ」と批判するのもいいけれど、自分にはそんなこと思いつきもしないので、その着眼点にちょっと感動しました。

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