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2017年2月

日本人は別物?(前)

やっと読み終わりました。『欧米人とはこんなに違った日本人の「体質」』(奥田昌子著、講談社BLUE BACKS)

内科医で予防医療の専門家である著者の自信に溢れた理論。すばらしい。

●日本人は炭水化物を控えてはいけない
●日本人がオリーブオイルを摂りすぎると生活習慣病に
●筋トレをしても、日本人は“やせ体質”にはなれない
●血圧のために減塩すればいいとは限らない
●生活習慣が同じなら、日本人は欧米人より大腸がんになりやすい
●日本人は、欧米人より乳がんになりやすいタイプの乳房を持つ人が多い
●日本人が感染する東アジア型のピロリ菌は、欧米型のピロリ菌と違って胃がんを起こす力が強い
●日本人は、飲酒によって血圧が上がりやすく、すべてのがんの発症率も上がる

なかなか刺激的です。もともとわたしも日本人には日本人のデータでないと意味がないと思っていたので、真偽のほどは本当は分からないけれど、概ねかなり気に入っています。その中で、特に面白いと思ったことがいくつかあります。

まず『倹約遺伝子』のこと。日本人のような農耕民族はもともと飢餓の歴史が長かったためにわずかのカロリーで生き延びる効率的な代謝機構が発達した。だからインスリンを分泌する力があまり強くなく、余分に食うとすぐに太る。あるいは欧米食のように突然血糖を引き上げるようなことがなかったのでインスリン分泌能が発達しなかったという風に理解していました。それが根本から誤解なのだと云うのです。

インスリンは余ったブドウ糖をグリコーゲンに変換して筋肉や肝臓に蓄積させてエネルギーとして使います。実はアジアの土壌は肥沃で豊かな食文化の歴史でした。農耕民族であるアジア人はいつでも炭水化物を摂ることができるので、わざわざエネルギーを身体の中に蓄えておく必要がなく、インスリン分泌が少なくても問題ない。それに対して、ヨーロッパでは炭水化物があまり採れない土壌だったのでやむを得ず肉と脂肪が主食だった。つまり、数少ない炭水化物を摂れるチャンスには可能な限り吸収して余分に蓄えておく必要があったからインスリン分泌能が発達した、というのです。(つづく)

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愚痴

中間管理職のわたしは、こんなのほほんと毎朝ブログなんぞしたためてはいますが、実はいつも大変なのですよ。いろんなスタッフのいろんなクレームを間接的に受けながら(直接文句を云われた人からの訴えや支離滅裂なメールの転送や、あるいは間接的にグチを聞いたヒトからの意見や)、ココロを痛めております。

夫婦でワンの散歩をしていると、「信じられないんだよ~」と云いながら、よく妻が職場の愚痴を吐き出します。「そんな話ここでいくらグチっても何も解決しないんだから、意味ないんじゃないの?そのままその場で云ったら解決するんじゃないの?」というと、「そうはいかないのよ」と。それなら云わなきゃいいのに・・・と思っていました。「オンナは別に解決したいわけじゃなく、話を聞いてもらえればそれですっきりするのよ」というけれど、理解できませんでした。

オトコは、こういう場合、云ってもしょうがないことは話さないのが普通。でも、最近思うんです。云ってもしょうがないけど、じっと自分の胸の中に溜め込んでいるのはかなり危険。たとえ解決しなくても、口にして誰かに話すことで自分が悩んでいることをわかってもらえるのなら、口にした方がいいのではないか、と。

まあ、わたしは別に職場を背負って立っているわけではなく、潰れても何も困らない(働きどころを探さないといけないけれど)ので、そんなに悩んでもいない。というか、何でも聞き流せる逞しい性格に変わってきているのですけれど、それでも今回は正直かなりヘバっていて、ちょっと出勤するのがイヤになっています。

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認知症リスクが酒で下がる?

認知症リスクが低い飲酒量、高い飲酒量

誰が何と云おうとも『酒は百薬の長』である。タバコと違って絶対に全否定はありえない。と主張しつつ、やはりこういう研究報告は大事にしたい今日この頃であります。

「アルコール摂取量と認知症リスクとの量-反応関係を検討したところ、1日当たりのアルコール摂取量が12.5g以下であればリスク低下と関連し、6gで最もリスクが低く、38g以上ではリスクが高まる可能性」を報告したのは、中国海洋大学のWei Xu氏ら。前向き試験のメタ解析の結果です(European journal of epidemiology誌オンライン版2017年1月17日号)。

12.5gって?と酒飲みは絶対に質問するから、CareNetにはご丁寧に「アルコール12.5gの目安:ビール(5%)約310mL、日本酒(15%)約100mL、ワイン(14%)約110mL」との注意書きがありました。

少ない・・・。6gといったらさらにこの半分。食前酒にもならん。 読まなければよかった。

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予防医療の心房細動に対する使命

先日受講した日本心臓病学会教育セミナー(ファンダメンタルコース)は、現場から離れて15年のわたしには付いていくのがやっとでしたが、そのランチョンセミナーで関西医大の宮坂陽子先生が話された『新時代を迎えた心房細動:次に考えるべき課題』は予防医療に携わるわたしたちにとっては大変重要な話として受け止めました。

近年、心房細動は増えていること、心房細動と診断されると数年のうちに死亡する人が少なくないこと、特に女性は男性よりも重篤になりやすいことなどをお話しいただいた後、如何にこの心房細動にならないようにするか(一次予防)と、無症状の心房細動を如何に早く発見するか(二次予防)、そして合併症を如何に予防するか(三次予防)について説明されました。特に一次予防と二次予防はわたしたちの仕事です。

心房細動になりやすい危険因子の代表は高血圧と肥満と心不全。そのいずれもが増加傾向にある昨今ですが、わたしたちが関与するのは前二者です。早い時期から血圧管理を厳重に受けるように促すことと肥満予防、つまりはメタボ予防・・・責任は重大なのであります。二次予防として、心房細動患者の25%が無症状であることから、早期発見の重要性も示されました。
  ・年齢65才以上
  ・基礎疾患のある人(CHADS2スコアが2点以上の人)
  ・ホルター心電図検査で上室性期外収縮が102個以上ある人
  ・心エコー検査で左房サイズが大きくなっている人
これらは高い確率で発作性心房細動を起こしやすいので、脈拍の触診や健診の心電図検査を積極的に勧めるべきだ、と宮坂先生は強調されました。

心房細動の合併症で重要なのは特に心不全と脳梗塞ですが、脳梗塞はきちんとした抗凝固治療をすることで予防できると云われています。でも、実際はあまり厳密な管理が行われていません。出血の懸念と本人の自覚の不足からだと思われます。

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不満の感情

『不満』の感情は、どうして生まれるのだろう。

「明日の会議で提案する内容について今のうちに簡単に説明しておきます」と云って、彼が話す内容。それは、先日、わたしがくれぐれもやめてほしいとお願いしたことばかり。申し訳なさそうになぜそういうことになったかの説明をしている彼の声はほとんど聞こえず。わたしの頭の中は反論だらけで溢れかえってしまって。家に帰ってからも、夜床に就いてからも、ずっとそのことばかり考えていました。

今になって、冷静に考えると、彼のいう選択肢は決して完全否定しなくてはならないほどのものでもなく、そう決めた苦渋の選択の意図もよく分かるのに・・・あの時どうしてあんなに反発したのだろう。それは、『不満』の感情に支配されたからでしょうか。自分の考えがベストだと思った(今でもそう思っていますが)のにそれを全否定された感じがして、それは自分をも全否定されたと思ったから徹底抗戦。「お前ら、何も考えないで安易な方法を選ぼうとしてる!」とか云って(ココロの中で)。

『不満』という感情は、もしかしたら、自分の存在価値をせめて自分で否定させないための防衛本能なのかもしれない、などと思ったりするわけです。ひたすら『悟り』を目指すわたしにとって、『不満』は未熟なココロの表れだと思っていましたが、その感情の噴出はやむを得ないことと素直に甘んじて、それを制御できるように心がけることにいたします。

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何も成し遂げたものがない

「もう、ここで働くようになって10年以上になります。いろんな部署に配属になり、いろんな仕事をさせていただきました。でも、ふと、わたしは自分できちんと成し遂げたものが何もないことに気づきました。10年間、自分は何をしてきたんだろうかと思うと、虚しくなることがあります」

そんな想いを、ある女性スタッフが打ち明けてくれました。それを聞きながら、「そんなことはないよ」と答える自分。つい先日、「一番がない」ことを悲観していた自分のことを思い出しました。自分のことになると見えないことが他人のこととなるとこんなに冷静に見極めてあげられる。

「ひとつの太い芯になる部分を作り上げられなかった」と嘆くなかれ。いろんな部署でいろんな仕事をさせてもらったあなたは、その各々で太くて頑丈な枝を伸ばしてきたことを忘れないで。単なる一本の太い幹ではなくて、何本もの頑丈な枝が何層にも絡み合った樹木、それは誰にも真似ることのできない10年間の財産です。あなたがとても出来る人だから、あなたが何にでも真面目に取り組む人だから、各部署があなたのおかげで成長できたのだということ。すごいこと。ありがとう。

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熊本城マラソン様

先日、熊本城マラソンが行われました。九州新幹線開通の1年後の2012年に始まって今年で5回目。今年は1年前の熊本地震で大被害を受けた熊本の復興を期した大会として盛大に行われました。何を見ても感動感動の1日でした(わたしは関西に出張していましたが)。

でも、このマラソン大会の翌日や翌々日は人間ドックが大混乱です。筋肉破壊がおきて、肝機能異常だとか炎症反応だとか、とにかく人間ドックのデータの諸々をボロボロにするのです。「肝機能異常が激しくて、パニック値として報告がありました」などと検査室や保健師さんからの緊急報告の何と多いことか。年1回の検査ですから、このタイミングで本当に肝機能異常や肝炎を起こした可能性のある方もいるし、急性心筋梗塞を起こしていてもおかしくないから、その区別はしてあげなくてはなりません。だから、「まさかフルマラソンを走ってないですよね」と確認を取る必要があります。

まあ、どちらにしろ再検査を余儀なくされるから同じことではありますが、マラソンに出られる皆さんにお願いしたい。たしかに健診日程を簡単に換えられないかもしれないし、抽選に当たった頃には予約が済んでいるのかもしれませんが、受診日はマラソンの直前にするかはるか後にするか、どちらかにしていただきたい(メディカルチェックと云う意味では、マラソンの前に受けるのをお勧めします)。よろしくお願いします。

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犬のストレス測定?

先日、大阪の研修会に行く新幹線の電光掲示板で読売新聞のニュースに出ていた話題が引っかかったので、ちょっとググってみました。

『犬の心拍の変動からストレス状態を測定する手法を、大阪府立大の研究チームが開発した。』と云うもので、シャープと共同で体に取り付けて犬の健康管理ができるセンサーを開発したいとか。

犬は心拍数がいつも細かく変動しているけれど、緊張させるとそれが一定に固定されるのだそうです。この心拍変動は人間でも重要です。いわゆる『1/fゆらぎ』とか云われるもので、糖尿病とかが重症になるとその変動がなくなって、重篤な不整脈など出やすくなったりします。ちょっと横道に逸れましたが、今回の研究を指揮した大阪府立大獣医学教室の島村俊介准教授によると、「犬は、自らの体の変化を言葉で訴えられないから、センサーでストレスを測定できれば、早期治療などに繋げられる」とか。

・・・どうですか、世の愛犬家の皆さん。わたし、この先生、家に犬が居ないか、犬といつも会話していないヒトなのではないかと思います。日ごろから我が子のように見つめ合いながら会話(具体的なコトバではないですけど)してたら、そんなセンサー付けなくても、少なくとも調子が良いか悪いか、ストレスがかかっているかリラックスしているかくらいはわかるものです。正直いって、犬は人間の子どもよりはるかに素直に喜怒哀楽を身体に表します。「犬はコトバがしゃべれないから意思の疎通が難しい」という固定観念、専門分野の仕事をしているヒトだから、尚のこととても残念に思いました。

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迷子

最近、わたし、旅先で迷子になります。一応時間に余裕を持って行動しておりますので、「想定の範囲内です」という顔して同じペースで歩いてはいますけど、ちょっと狼狽します。

初めての場所(今回の出張で宿泊した新大阪駅界隈とか)で迷うのはしょうがないのですが、例えば先週出張した神戸では新神戸駅でも三宮駅でも完全に迷いましたし、昨日の大阪駅でも見たこともない風景に出くわして途方に暮れました。まあ、意外にプラス思考のわたしとしては、「またオレに断りなく工事してるのだろう」とか考えるのだけれど、実は完全に反対側だったりするわけです。期せずして歩数稼ぎができたな、などと自分に言い訳はしてみるやせ我慢。

これだけ毎年お馴染みの場所なのに、なぜ迷ってしまうのか。この角を曲がるとそこには自分の想定した風景が見えるはずと思っているのに、全然違っていた時、そこで立ち止まればいいのに何となくそのまま歩き続けてしまうから、一層わからなくなっていく。みんな、直ぐ「スマホで位置情報確認すればいい」とか云うけれど、何か負けた気がするのでそれはイヤ。

散歩中に、執着気質(決まった道の決まった側しか歩かない)なくせに極端な方向音痴(一歩違う道に入ったら全く見当違いな方向に向かい始める)のわたしの愛犬のことをバカにして笑っていましたが、どうもわたしもかなり危なくなってきました。間違いなく、徘徊老人予備軍です。

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脂肪筋

「椅子座り立ち運動」ができなくなったら注意 「サルコペニア」の危険性

「脂肪筋」が増えると運動機能が低下し、特に男性では年齢が高くなると「脂肪筋」が増え、「サルコペニア」の危険性が高まる。その目安となるのは「椅子座り立ち」運動の衰え。

筋肉に脂肪が霜降り状に蓄積する「脂肪筋」は加齢とともに増加し、糖代謝や運動機能に悪影響を及ぼすことは想像が付きますが、その具体的な因子について名古屋大学で研究された結果が紹介されていました(名古屋大学総合保健体育科学センター 秋間広ら、Archives of Gerontology and Geriatrics)。詳しいところは記事を読んでみてください。脂肪筋と関連深い因子は、高齢男子であれば筋量(筋厚)、筋力(運動能力)、年齢で、高齢女性であれば筋量と筋力だそうです。だから、「男性では、(1)太ももの筋肉の厚さ、(2)椅子座り立ち測定、(3)年齢が、女性では、(1)太ももの筋肉の厚さ、(2)椅子座り立ち測定が、『脂肪筋』を予測できる関係因子である」そうです。定期的な運動が筋肉量と運動機能の低下を軽減させ、同時に「脂肪筋」の蓄積を抑制するわけですから、いかに筋量と筋力を保つために運動を継続するモチベーションを持たせるか、予防に従事する指導者の力量が問われることになります。

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汗と神通力

今年のダイエットトライアルはあまり成功したとは云えなそうです。冬場の3ヶ月間トライアルも今回で3回目。勝手に命名したまめ太郎というライフコーダーさえ身につければ簡単に5キロや10キロはやせられる、と豪語していたのですが・・・。今年はその神通力も全く効かず、2キロやせられるかどうかの瀬戸際です。もっとも、それなりに締まったカラダになった体感はあるし、これはこれでいいのかしらとも思います。

ただ、明らかに代謝が落ちている実感があります。なぜなら、急に汗をかかなくなったから。子どもの頃から大汗かきで、冬でもすぐにカラダ中から滝のような汗をかく人間でした。それが、ほとんどかかない。毎日ハンカチがびしょびしょになるからタオルを持ち歩いていたわたしだったのに。それに気づいてちょっと愕然としています。そういえば水を飲まなくなりました。喉が乾かなくなったというか、飲まなくても全然平気。水分の出ていき方が急に減ったのだと思います。何しろこんなこと、生まれて初めての経験だからどうしたらいいのかわかりません。意図的に無理やり水分を摂ったら、勝手に汗が出てきて、代謝が上がって、みるみるやせていくのでしょうか。

来月は職員健診ですが・・・体重云々より、腎機能とか意外な項目が異常になってたりしないかと妙に心配です。

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寺と写真

先日の長崎旅行。何度も行ったことのある街だけれど、いつもは車や貸切バスだったから、あれだけゆっくりさるいた(歩いた)のは初めてでした。車ではない分だけ日ごろ行かないところを選択し、電車で郊外の終点まで行った後、崇福寺から諏訪神社まで、朝8時半からお昼までかけて順番に寺周り。崇福寺と亀山社中と諏訪神社が一番階段が多くて大変でしたし、親鸞聖人の像がじっとこちらを見つめる大光寺には一瞬固まりましたが、とても充実した半日でした。

で、せっかくだからと大量の写真を撮ったわたし。独りでスマホを構えながら、不安感に苛まれました。最近は、どこでも誰でもスマホで写真を撮るのが当たり前です。誰に断ることもなくあちこち勝手に撮りまくってSNSにアップする。だからとりあえず昔の写真機とは比べ物にならないくらい大量に撮る。でも、「いいのかな」と不安になります。仏像やら拝殿やら普通に構えてパチパチと…これは礼儀知らずな『無作法』ではないのか? そんなことしたら、ご利益がなくなるのではないか? これでは、マナー知らずの某外国人観光客の見るに耐えない振る舞いと何ら変わらないのではないか、と。

そんな思いがして、ひとりでこっそりと「撮らせていただきます」「すみません。お邪魔します」とお断りのひとりごとを云って回ったこと、きっと誰も知りますまい。それでも、さすがに親鸞聖人の前ではスマホを構えることすらできず、下から笠の下の顔を拝んでじっと合掌するのがやっとでした。

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高血圧の管理

80歳以降の高血圧は認知機能を保護する可能性

CareNetから配信されてきた記事は米カリフォルニア大学アーバイン校で研究されたもので、「Alzheimer's & Dementia」オンライン版に掲載されたものだそう。「the lower, the better(低くコントロールできるほど良い)」が常識になっている高血圧治療の目標設定で、「中年期の高血圧は晩年の認知症リスクや、心臓発作・脳卒中のリスクを高めるが、80代または90代で発症すると90代での認知機能低下リスクが低減することが判明した」というものです。つまり、私のように中年期から血圧が高い連中はきっちりと降圧に努めないと危ないけれど、ずっと低かった血圧が80代になってから高くなった場合は、むしろ認知症にならないように作動した生体の防御機構だということを物語っています。

これは面白い機能です。もともと80才以上の超高齢で元気に生きることを想定されていない(かどうかはわからないが、少なくともむかしは存在しなかった)から若い世代から連続的かつ一元的に考えていたけれど、本当は高齢まで生き延びたところで発現し始める機序がもともと隠されていた可能性がある。あるいは、寿命が伸び始めたために生体がサバイバルのために新しい生体防御機能を作り出し始めた。そんなこと、あるかもしれませんよね。

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一合

そろそろ悟りの世界に一歩足を進めますか。

先日書いた広報誌のコラムを読んでくれた受診者さんが、「先生がたばこを止めた話を読みました。で、お酒はどうなんだろう?と思いました」と聞いてきたので、「休肝日は作りません」と云い切ったわたしなのですが、たばこがそうであったように、どうもカラダが酒を拒み始めている気がしています。

カラダに良いとか悪いとか、がんになるとかならないとか、脳が委縮するとかしないとか、そんなことを考える気はないのですが、カラダ自身から酒を求めなくなってきているのは確か。昨年の秋から風邪をこじらせていた頃に「あまり飲みたくない」と感じ始めたのは、単なる体調不良が原因ではなかった感じです。少なくとも、晩酌は日本酒なら1合、ビールなら1缶、焼酎ならお湯割り1杯くらいで止めておいたときが一番カラダが楽なことをカラダがわたしに訴えてくるようになってしまっているのです。理屈ではなくて、自分のカラダから求めて来るのなら、そろそろ従ってあげるのが良いのではないかと思うのでございます。

とか、公言してしまうと何かとやり辛いので、こっそりここでのつぶやきに終わらせておきますので、他言無用です。とか書きながら、昨夜も一昨日もちと多めに飲みすぎてきつい日中を過ごした戯け者でございます。「恋人」とはちょっと違う。「戦友」はカッコつけ過ぎ。「腐れ縁の友人」とでも云いましょうか・・・完全に決別するわけでもないのに・・・まだまだ名残惜しんで決断を渋っておるところでございます。

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「いたちのたぬき」

先日、いつもよりちょっと遅れ気味の通勤中にナビから聞こえてきた歌。朝のEテレの番組「ピタゴラスイッチ」の中で歌われた『いたちのたぬき』という歌。

  いたちのたぬき
  かにのかとり
  さんまのまぬけ
  おはしのおはなし
  たまごとるタマ
  ふろくふとる
  バナナのバトル
  はちまきまきとる
  きゅうりのリトル
  ジュースのストロー

いま、これを書くために検索したら、かなり有名な曲なんですね。知らなかった(たぶん、この歌が出る時刻より前にいつもは職場に辿り着いているのでしょう)。オチを聞きながら、「なるほどなぁ」と感動したわけですが・・・これって、オトナは「おもしろい」と思うのだけれど、番組対象年齢の子どもたちにわかるんだろうか?とふと疑問。そしてそれを「おもしろい」と感じてくれるのだろうか? 単なるオトナの自己満足では?とも。ま、それならそれでも良いのかな。子どもの情操教育の観点からすると、分かる分からないにかかわらず、こういう頓智の効いた歌をたくさん聞いておくことで経験値が増えるのでしょうね。

オチは歌を聴いてもらえれば分かります。「いたち」から「た」を抜けば「いち」、「かに」から「か」を取れば「に」、といった具合のなぞなぞ数え歌。

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血管不全

先日、第42回ニュータウンカンファレンスに参加してきました。日進月歩の心臓核医学の研究会ですが、その冒頭の山科章先生の特別講演『非侵襲的に血管機能と冠動脈を評価する』が一番勉強になりました。循環器内科医の山科先生が予防医療に力を注ぎ始めたきっかけが今の自分に重なる気がしたからです。

一次予防の取り組みにはハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチがあります。動脈硬化を予防して脳卒中や心筋梗塞にならないようにするためには、動脈硬化の危険因子がたくさん重なっている危険な人たちを選び出して個別に生活指導したり治療を開始したりするハイリスクアプローチが効果的ですが、まだほとんど何も問題がない状態から生活を見直してハイリスク群にさせないように集団で指導するポピュレーション(集団)アプローチの方が効率的で皆が健康でいられます。まさしくわたしたちが日々行っている仕事です。

でも、何もない人にがんばらせようとしてもなかなかがんばれません。日々の煩悩と戦うほどのモチベーションが上がらないからです。だから特定健診や健康日本21の活動でそう画期的な成果を得ることができない。それに対して、自分の血管がほんの少しだけ悪化している人にその事実を知らしめすと、がぜんやる気が起きて来るもの。だから血管年齢(脈波伝播速度など)・・・血管の硬さや内膜の傷み方を測定して血管をターゲットにする管理法が重要だと考えたそうです。二次予防にあまり興味をもてなくなっているわたしですが、このレベルの人たちへの啓蒙活動(1.5次とでもいうのでしょうか)はとても重要だと再認識させられた次第です。

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写真は何でも美化できる?

庭の梅の花が綺麗だったのでアップで撮ってSNSに上げました。とてもいい絵だと思いました。みなさんも褒めてくれて「いいね」をたくさんくれました。でも、実はその周りの花はほとんど咲いてなくて、つぼみもチラホラ程度。とっても貧相な全景なのだけれど、写真はいいところだけ切り取れるのです。むかし、庭に綺麗に咲いたバラの花に目がいく妻とその花の下に転がるワンのウンチが気になるわたしの違いを書きましたが、写真も切り取るポイントによって全く違うことが伝えられる・・・怖いなと思います。

でもその一方で、写真の怖さは逆に何でもかんでも平等かつ正確に写してしまうところにあるとも云えます。実際に肉眼で見ると若くて綺麗だと感じるタレントさんが、テレビではシワの一つ一つまで見えて年齢そのままに映し出されてしまう残酷さ。

実物がどうであれ、せっかく切り取って残すのであれば、できるだけ綺麗で印象的な方がいい。写真を撮るときに心がけておきたいポイントだと思います。

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なるほどなるほど

最近、とても気になるんです。

なるほどなるほど
「あぁ、そういうことですね」
「はい、はいはい」

こういう合いの手を、説明をしているわたしのコトバの端々に突っ込んでくる受診者さん。最近妙に多いのですが、あれは流行りですか? 他人の話を聞くときに相槌を打つのは礼儀で円滑な人間関係を築くコツなのだということは存じています。『傾聴』という技術は、他人の話を聞き、相槌を打ちながら、復唱する・・・身の上相談を受けたりうつ病患者さんへの治療をしたりするときの心得です。

でも、これを説明している相手にされると、とても鬱陶しい。自分の話のリズムが壊れるだけでなく、「こいつ、もしや聞き流してるな」と感じてしまうとイラッとするんです。口ぶりからしていつもそういう合いの手を入れているのだと思われ、そんな自分に酔いしれている感じなので、できるだけ気にしないようにしていますが、相手のリズムを壊したくてたまらない、悪い子のわたしが顔を出します。

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筋力と年齢

今週は有給休暇を取りました。休みの日は朝と夕方2回の愛犬の散歩をするのが最近のわたしのルーティーンです。平日の朝9時過ぎに公園の散歩をしていると、そこに居るのは皆さん、定年を過ぎたであろうご高齢の方々。颯爽と歩き回っていたり、走っていたり、体操をしていたり、皆さんとても元気です。

「あなたは少しもじっとしていないから、心配しなくても生活不活発病なんかにはならないよ」と妻は云いますが、それは何とも云えません。最近、動きすぎてカラダ中が痛いし、先日は少林拳の柔軟体操で大腿部の筋肉が硬くなっているのに気付きました。これは明らかに歩きすぎのせい。筋肉は、使えば使うほど強くなるとは限らず、使いすぎれば退化します。昨年まで、「歩きすぎ」とか「動きすぎ」とかいうことを気にしたことは一度もなかったのに、最近急に不安になっています。ココロが歳とってきたのかしら。

ちなみに、「動く」ということだけで云えば、主夫生活が大好きなわたしは生活不活発病には程遠いとは思います。ただ、一番大切な”生き甲斐”や”社会貢献”という部分がとても難しい。今は働いているからクリアできていますが、人付き合いが下手で社交的な生き方ができていない夫婦なので、定年退職したら突然社会から疎遠になるだろうことは明白。これで動けなくなったとしたら・・・いかん、いかん。そんなジジさまにならないように、齢相応の生活に心がけましょう。食事も運動も、何事も”ほどほど”がベスト。でも、食事は自らが欲したときだけ食べればいいけれど、運動はそれではいけない~神様は、そんなむずかしい仕組みをヒトのココロの中に創り給うて・・・イケズでございます。

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生活不活発病

最近、やたらと聞くようになった『生活不活発病』。どうも、昨年の熊本大地震の避難生活者にこの『生活不活発病』が増えたからわたしの耳にも入るようになったのでしょうが、最初は2011年の東日本大震災のときに確立した概念のようです。

「生活不活発病」を知ってますか?>って云われて、「いや、存じません」と即答したわたしですが、これは『廃用症候群』と同じですか? え、ちょっと違う?ふ~ん? ちょっとググってみましたら、国立長寿医療センターの大川弥生先生がすべてに出てくるから、きっと彼女が第一人者なのですね。

人間の機能は使わなければすぐに衰える。ひとつが衰えると周りの機能もそれに歩調を合わせるように衰えてバランスを取ろうとする。それを「老化だ」と諦めようとする、というのはわたしも毎日どこかで話してきているので理解しております。その解決策は、「動くこと」「毎日がゴキゲン!であること」「社会に関わっていると感じる生き甲斐があること」・・・わかっています。でもこれがまた、むずかしい。自分がそんな年代になって初めてわかる実感です。

人生は理屈じゃないから、なあ。

厚労省の啓発パンフレット(冊子チラシ)を紹介しておきます。

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おもしろい

「怒っても、恥ずかしくても、顔が赤くなるでしょ。どうして日本人はおもしろいときに『面白い』っていうの?」

妻が通っている韓国語の先生が先日こんな質問をしたそうです。わたしは今までそんなこと気にもしなかったので、それを聞いて「面白い」と思いました。で、なんで『面白い』と書くか?

「ほら、バカ殿様は顔を真っ白に塗っていて、おもしろいでしょ?」と答えた妻。
「ほう、なるほど」と先生。
「へえ、そんなんだ」とわたし。

面白い 語源』で検索したら、「目の前がぱっと明るくなり顔が照らされ、気分が晴れるような感じから、「顔=面(おもて)」が白く照らされるという意味」などと・・・。ま、たしかに、「いと面白し」といえば、「風流だ」とかいう意味ですね。

調べなければよかった。現代の使い方を考えると、わるいけど妻の説が一番説得力あるんじゃないのかしら?(笑) まあ、こうやってウソ情報がまことしやかに広まっていくんでしょうね。

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認知症と幹線道路

幹線道路の近くに住む人は認知症リスクが高い

「幹線道路から50m以内に住む人は、300m超離れた場所に住む人に比べ、認知症発症リスクが高く、幹線道路から離れるにつれて、同リスクの増加幅は有意に減少する」(カナダ・Public Health OntarioのHong Chenら、Lancet誌オンライン版2017年1月4日号)

こんな記事を乱暴に読んでみたけれど、こういうのは「なぜよ?」という疑問を解決させてから発表してほしい。わたしの感覚からすると、逆に閑静な環境で何の刺激もないひとに認知症は発症しやすいのではないかと思っていたので、どこか不思議です。特に大都市在住と引っ越し経験なしのひとに認知症が多いということをどう分析したらいいのか。ひっきりなしの騒音や車の振動が影響を与えるのでしょうか。日本の現状を考えると、都会の幹線道路近くのマンションに住むヒトは独居老人が多く、近所付き合いが少なくて会話が少ないから、ということでしょうか?それでは、生まれもって商店の子どもとして育った人は転勤族より危険ということ? そして、「もし認知症の傾向が見られ始めたら、早々に山奥に引っ越すのが得策だろう」とか提案することはできるのでしょうか。

まだちょっと、わたしには活用できないデータですね。

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スカウティング

若いドクターにとって、予防医療というのはそんなにも魅力がないのか・・・正直なところ、わたしの働く職場の医局はかなり危うい。若いドクターが入ってこないから。アラカンおやじたちと小さなお子さんを持つ女医さんたちと、そしてしがらみのない非常勤医師たちで毎日薄氷を踏む思いでやりくりしているわけですから・・・わたしも含めて、どんどん疲弊していくのが手に取るように分かります。

ということで、リクルートが急務(急務といいながらもう何年も変わりがないですが)。あちこちに求人募集はかけているのに、一向に応募者がいないというのは、よほど魅力がない職場イメージなのでしょうか。

ふと、わたしが10年来応援するJリーグのサッカーチームのことを想いました。一時大量の負債を抱えてチームの存続の危機もあった田舎の貧乏チームなので、大企業のスポンサーが後ろ盾になっているビッグチームとはまったく別世界。ちょっと活躍したと思ったら翌年にはすぐに他チームに取られてしまって、毎年全く違う顔ぶれの選手で開幕戦を迎えます。出ていった選手は日本を代表する大選手に成長してくれて嬉しいけれど、でもやはりサポーターとしては寂しく辛いシーズンオフ。

そんな田舎チームですが、毎年、ちゃんとどこからか新しい選手がやってくる。無名の新人からかつてのスター選手までいろいろですが、彼らはちゃんとチームで機能して成果を出してくれます。これはもう、彼らを発掘して、熱意のあるオファーを出し、おカネもないのに引っ張って来れる優秀なスカウティング・スタッフの力以外の何者でもありますまい。

ネームバリューさえあれば、そして日頃から真摯に仕事に向かっていれば、自ずと優秀な人材はあちこちからやってくる・・・そんな時代ではありません。学会活動を盛んにして名前を売るとか、地域の大学病院に何度も頭を下げに行くとか、そんなことだけやってても何も変わりはしないでしょう。

困ったなあ。「そもそもわたしは土曜日に働く契約にはなっていない!」と堪忍袋の緒が切れてしまった某ドクターが先日事務方に苦情を入れていましたが・・・その分わたしが休まず働けば済むという次元ではないので、困ったものです。

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普遍化はパターン認識とは違う(後)

(つづき)

でも、それが一番困るのだと云われます。医者によって指示する内容が違うとその後の説明をする保健師も事務方も混乱するし、フォローアップのときにミスが起きる元凶だそうです。大きな組織が常に一定水準を維持させるには、できるだけパターン認識しやすいシステム作りを追及する・・・やむを得ないことなのかなあ。

わたしは、医療のような千差万別のパターンがある世界で『普遍化』を考えるなら、皆が同じ水準になるまで学習し、経験し、考え方のベクトルを同じ方向に向かわせられるだけの努力をしなければならない、と思っています。例えそれが人間ドックのような決められた検査の評価であっても、『能力の違い』を云い訳にせず、もっと医療人としての検討会を重ねれば水準の維持はできると感じています。医師からの指示待ちをする風土ではなく、自分ならこうするといつも考えているなら、パターン化させなくても水準は保てるはず。団体スポーツの選手が毎日練習に練習を重ねる理由は、自分の技術を磨くとともに、自分の考え方が周りと同じ方向に向いていることを確認するためです。健診現場も、同じように団体競技なのだから、そういう日々の練習が重要なのではないかと思うております。

そんな組織になるといいな。

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普遍化はパターン認識とは違う(前)

組織が大きくなればなるほど、スタッフ全員が同じレベルのことをできるようにするためにどうすべきか考えるときに、まずはシステムを整備することが大事だと考えるようです。たまたま担当した人の水準で与えるサービスが異なるのはおかしい。決められたことを皆ができるようにするには、ミスがないようにするには・・・危機管理の観点を最重要視する時代を反映してか、インシデントやアクシデントの数を減らすにはどうすべきかを優秀な若いスタッフたちが何度も話し合っています。これからはAIも活用されるようになるかもしれない。

健診で云えば、この診断のときにはこういうことを疑うからこういう判定にしてどこどこの診療科に紹介してこういう検査を依頼する、という決め事にできるだけ例外を作らないようにしてほしい、と云われます。でも、元々が理系よりもどちらかといえば文系のわたしたち医者は、どうもこういうパターン化が苦手です。相手はヒト。同じ検査をして同じ所見でも、年齢や性別や体格やそのほかの諸々のデータを総合的に判断すると、こっちは大急ぎで精密検査を勧めてほしいけどこっちは多分何もしなくても大丈夫だろう、などという事態に出会うのは珍しいことではありません。

(つづく)

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穀物繊維

(つづき)

まったく別の機会に聞こえてくる新しい知識は、二回目に確実にわたしの知識になります。今回の西沢氏のお話の中に、穀物繊維のはなしが出てきて、「また、これか」と思いました。

「食物繊維が大切だということは認知されてきましたが、日本人は穀物から摂る食物繊維が激減しています。野菜類から摂る食物繊維は増えているのに、穀物からは減っている。ところが、2型糖尿病リスクを減らせるのは野菜からの食物繊維ではなく、穀物からの食物繊維なのです」

「『全粒穀物』を語るとき、今は大麦の話が出ます。麦は精米するので全粒穀物に入らないように思えますが、実はとても特殊な穀物で、表面の膜が簡単にははがれないのです。求められる食物繊維9グラム/日をまともに摂ろうとすると現実的ではないからサプリに頼ることになりますが、麦ごはんなら、三割麦ごはん(3グラム)×3杯で達成できます」

糖質摂取は「カットする」ということよりも、「どういうものを摂るか」が重要なのです。

とても勉強になりました。

ついでに、これを書きながら、またamazonで本を買ってしまいました。

腸科学~健康な人生を支える細菌の育て方
欧米人とはこんなに違った日本人の「体質」

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炭水化物と腸内細菌

先日参加した第45回日本総合健診医学会総会は、うちの若いスタッフの発表の付き添いと単位をもらうための特別企画に参加するのが目的でしたので聴く内容も限られていましたが、そんな中で、シンポジウム「加齢リスクとサプリメント」での日経BPヒット総合研究所の西沢邦浩氏の講演『個別化医療時代の機能性食品利用と検査』はとても勉強になりました。

中でも印象的だったのは、最近はやりの『炭水化物制限』が日本人には向かないのではないか?ということ。それは腸内細菌の性質が日本人と欧米人で全く違うことに起因しています。日本人の腸内細菌には発酵性炭水化物を利用して生きているモノが多いそうなのです。だから日本人は炭水化物を制限することで結果として腸内細菌叢の生態系を壊すことになっているかもしれない、という。ヒトのカラダに共存共生する微生物を『マイクロバイオータ』と云い、マイクロバイオータが食べる炭水化物を『MAC』と呼ぶのだそうですが、穀物制限を続けるとMACが足りなくなり、それを食い物にする腸内細菌が死滅します。ところが、一旦死滅した細菌群はその後再びMACを採っても二度と産まれることはなく、さらにそんなお母さんから生まれた子どもにはその細菌群は存在しないというのです。

怖い話ではありませんか。(つづき)

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自分の生き方は曲げたくない?

先日、学会出張のために乗った飛行機の広報誌に今売れっ子の若い女優さんのインタビュー記事が出ていたのでつい読んでしまいました。わたしの大好きな女優さんだったからです。

記事の見出しに「自分の生き方は曲げたくない」とありました。「自分の生き方」か・・・そのコトバが妙に引っかかってしまいました。もちろん、わたしだって、自分の生き方は曲げたくない。そう思って長いこと働いてきましたし、そうやって生きてくることができたと思います。だから、これまでの人生に満足しています。

でも今は、どうだろう? 「曲げたくない」と思うような生き方をしているだろうか。何となく流れに任せて生きていて、とくに困ってはいないけれど、曲げるかどうか悩むような障害もない(無意識に考えないように避けている)のではないか・・・それはそれでいいことなのだけれど・・・ちと凹んだりする。向かって行こうとする目標がないと、どんどん萎んでいく気がするからです。

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