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不満の感情

『不満』の感情は、どうして生まれるのだろう。

「明日の会議で提案する内容について今のうちに簡単に説明しておきます」と云って、彼が話す内容。それは、先日、わたしがくれぐれもやめてほしいとお願いしたことばかり。申し訳なさそうになぜそういうことになったかの説明をしている彼の声はほとんど聞こえず。わたしの頭の中は反論だらけで溢れかえってしまって。家に帰ってからも、夜床に就いてからも、ずっとそのことばかり考えていました。

今になって、冷静に考えると、彼のいう選択肢は決して完全否定しなくてはならないほどのものでもなく、そう決めた苦渋の選択の意図もよく分かるのに・・・あの時どうしてあんなに反発したのだろう。それは、『不満』の感情に支配されたからでしょうか。自分の考えがベストだと思った(今でもそう思っていますが)のにそれを全否定された感じがして、それは自分をも全否定されたと思ったから徹底抗戦。「お前ら、何も考えないで安易な方法を選ぼうとしてる!」とか云って(ココロの中で)。

『不満』という感情は、もしかしたら、自分の存在価値をせめて自分で否定させないための防衛本能なのかもしれない、などと思ったりするわけです。ひたすら『悟り』を目指すわたしにとって、『不満』は未熟なココロの表れだと思っていましたが、その感情の噴出はやむを得ないことと素直に甘んじて、それを制御できるように心がけることにいたします。

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