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価値ある財産

連載している機関誌の春号が発行されました。今回はこんな内容にしました。これが発行されると、また1か月後に〆切りがくるなぁと追われる気持ちになります(笑)

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『価値ある財産』

私が救急医療の現場から予防医療の世界に移る決心をしたのは、修繕屋の仕事に限界を感じたからでした。毎晩のように真夜中に救急車で運ばれてくる急性心筋梗塞の患者さんたち。直ちに緊急治療が始まり、血と汗にまみれながら「心臓が蘇った!」と歓喜する頃には夜が白々と明け始める・・・そんな激しくも充実の毎日の中で、ふと虚しさを感じ始めました。生きるか死ぬかの戦いに勝ったとはいえ、所詮は大きな身体の中の心臓という小さな臓器のその表面にある微細な血管の高々数ミリの詰まりを補修したに過ぎません。そんなことで喜んだところで、周りの血管の多くも詰まる寸前でしょう。もっとずっと前から何かを始めなければ後手後手の人生になってしまう。そうならないための道標になる仕事をしたい。そう思ったのです。健診の世界に来てみたら、現代人の血管は想定していた以上に蝕まれていて、さらに愕然としました。

ところが、そんな想いで働いてきた私が今また大きな壁の前に立っています。「本当にこれでいいのか?」と自問自答。人間は健康になるために生まれてきたのではない。病気にならないことが成功だとは言えないし、逝く前に「良い人生だった」と思えるのは病気にならなかったかどうかではない。それなのに世の中の皆さんが健診結果に過剰に反応し、テレビの健康番組ばかりを食い入るように見て、病気になることを恐れてビクビクして生きている。この光景を見るのは私の本意ではありません。健診は過去の自分の反省会ではなく、今の自分を知ってこれからの自分を考える場のはずなのです。

歳とともに新しい異常が見つかる頻度は増します。大病を患ったわけではないけれど、元に戻らない身体の劣化にショックを受けます。私にもそんな“壊れゆく自分”に不安を抱いた時期がありました。若い頃は病気や怪我が治れば元に戻るものだと思っていました。それが治っても元に戻らない、あるいはもう治らないと分かると同時に押し寄せてくる絶望感に似た挫折の感情。「病気になりたくない」という思いは、これの延長上にあるのかもしれません。でも、この不具合も含めてすべてが今の自分。そんな今の自分を好きになってほしい。形あるものは必ず壊れるのだけれど、初めに準備された形が人間の完成形ではありません。いろいろな修正や手垢や付け足しがあって、最後にできあがった自分こそが唯一無二の完成品だと考えるならば、失っていくものばかりに目を向けず、なくなったものを補うために成長してきたもの(身体だけでなく心も含めて)を価値ある財産として大切にしてもらいたい・・・最近はそんなことを考えながら働いております。

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