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医者の本分

「もう半年近く咳が続いているんです。あちこちの医療機関に行きました。ここの病院にも受診していろいろ調べてもらいましたが、どこも悪くないっていうんです。どこか、いい病院を知りませんか?」

人間ドック受診者の男性からそんな相談を受けました。「またこれだ」と思いました。最近の医療現場は、みんな最初から高度な検査をして、その結果を見て目立った所見がないと「特に問題ない。とりあえず様子を見よう」と患者さんを突き放す。興味がないというか、何をしたらいいのかわからないのかもしれない。下手なことをして悪化させようものなら医療訴訟だし、できたらこのままフェードアウトしてくれないかな、とか思っている医者はいないとは思いますが・・・。これは、画像診断機器の著しい発達と検査方法の確立と系統だった西洋医学の診断システムがきちんと教え込まれた証とも云えます。今時、聴診器と触診だけでブラックボックスの中身をまさぐるような診療をしていると、同業者からもヤブ扱いされかねません。

でも、この高度な診断技術をしても咳の原因がわからないとして、受診者さんの最大の希望はこの頑固な咳から解放されることなのだから、本来はここから先が医者の医者たる存在価値のはず。医者の本分は、病気を診断することではなくて病気を治すこと、そういう風に考えてこれまでやってきました。だから、予防医療の分野に身を置くようになった自分はニセ医者だと云ってまわっているわけです。

ただ・・・ここでふとした疑問。この受診者さんの云う「いい病院」て何だ? 『ちゃんと症状を改善させてくれる医者のいる病院』というのではなくて、もしや『ちゃんと原因を突き止めてくれる病院』『もっといい検査をしてくれる病院』という意味だったりしないだろうか。患者側もまた、『医療の質はいい検査をするかどうかで決まる』『原因がわかってこその治療』という概念を常識として刷り込まれている現代社会・・・なんか違う気がするのですが。

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